Jリーグの新型コロナ感染症に対する対応
Jリーグの新型コロナ感染症に対する対応
藤沢久美│公益社団法人日本プロサッカーリーグ理事 シンクタンク・ソフィアバンク代表
新型コロナ感染症対応の3つのフェーズ Jリーグの新型コロナ感染症の対応は、現在に至るまで3つのフェーズに分けられる。試合を実施した2020年2月20日までの第1フェーズ、期限付き延期を発表した4月3日までの第2フェーズ、政府の緊急事態宣言を受け、期限未定の延期を決定した4月3日以降の第3フェーズである。それぞれのフェーズでのJリーグの動きを次に紹介する。
1)第1フェーズ : 感染防止対策
サッカーは国際的なスポーツビジネスであり、Jリーグ内では、比較的早い段階から海外情報の収集と対応策の議論が行われていた。2月8日に開催された今年度最初の試合『FUJI XEROX SUPER CUP 2020』では、入場ゲートやトイレへの消毒液の設置、「咳エチケット」への協力依頼、スタジアム内での医務室の整備などの感染対策を実施した。ところが、明治安田生命Jリーグ第1節開幕前日の2月20日に、加藤勝信厚生労働大臣が記者会見で、大規模イベントに関する発言があり、Jリーグでは急遽、20日の夜と翌日21日の朝、全クラブの実行委員とビデオ会議を実施し、意見交換を行った。この時は、感染防止の準備をして、試合を実施することを合意したが、JリーグのWEBサイトには、ファン・サポーターからの試合における感染不安の声が投稿されるなど、社会の声にも変化が現れ始めた。
2)第2フェーズ : 期限付き試合延期 J1とJ2の第1節を終えた2月24日(月・祝)に、Jリーグは再び全クラブの実行委員とビデオ会議システムをつなぎ、第1節に対するフィードバックを受けた。会議では、今後の試合運営における感染予防策が話題となった一方で、Jリーグが試合を延期することで感染拡大を止め、オリンピック・パラリンピックの自国開催に貢献できるのではないかという議論も行われた。防護策を実施しながらの試合続行に対し、マスクや消毒液の不足の声もあったが、クラブの意見はまとまらなかった。ところが、その日の夜半に政府の専門家会議より「この1―2週間が極めて重要」との談話が発表され、Jリーグは、翌日午前中に、再び臨時の実行委員会を実施し、政府の感染防止の取り組みに、サッカーとして協力することを全会一致で確認し、チェアマンの判断で、翌日の「2020 JリーグYBCルヴァンカップ」の延期を決定した。 25日の午後には理事会が予定されていたが、午後の理事会を待っていては、選手やサポーターの移動が始まってしまうことから、チェアマンの権限による延期の決定と発表となった。午後の理事会では、政府の「2週間ほど様子を見たい」という発言を受け、3月18日再開を目指す形での「2020明治安田生命Jリーグ」の延期も決議された。しかし、延期の決定以上に困難を極めるのは、再開の基準であるという理事からの意見を受け、Jリーグは3月3日に、NPBと共に専門家を招聘し、「新型コロナウィルス対策連絡会議」発足を発表した。
結局、第2フェーズ中、Jリーグは、3度の試合延期を発表した。いずれも、政府からの発信を参考にしたもので、再開時期の目安も同時に発表した。
3)第3フェーズ:再開時期の見えない試合延期 政府の緊急事態宣言を受けてのJリーグの4度目の試合延期の発表は、これまでとは異なるものであった。再開目処が示されない試合延期であり、その期間は長期にわたる。すでに、1ヶ月の試合延期を経て様々な課題が見えてきていたJリーグは、この延期がJリーグ存続を揺るがす大きな試練になると覚悟し、対策に動いた。コロナ担当者を置き、各クラブの財政支援プロジェクト、試合日程を含めた大会運営の見直しプロジェクト、政府等対外機関との調整プロジェクトなどを立ち上げ、それぞれに責任者をアサインし、情報収集を急いだ。 4月15日に開催された臨時理事会では、昨年1年間かけて作り上げた2022年中期計画の凍結、「リーグ戦安定開催融資規程」についての時限的特例措置の制定、機動的な対応を担保するために一定程度の権限をチェアマンおよび業務執行理事に与える決定などを行い、プロジェクトチームによって整理された「今後想定されうる課題」が説明され、対応策が議論された。その中には、今年度に限り、降格がないという昇降格制度も発表された。第3フェーズでは、最悪、試合がゼロになっても、いかにして全Jクラブと共に生き延びるかを真剣に考え、動く、サバイバルフェーズとなった。
Jリーグの取り組みとその特徴
1)迅速な行動
筆者は非常勤の理事として、Jリーグに関わっているが、 1月からのJリーグが、スピードを重視して動いてきたことを評価したい。具体的には、定例会議等を待たず、迅速に各クラブ経営者との会合を持つなど、リスクの把握と情報の共有を迅速に行ったこと、また、試合延期に伴い、組織のリソース配分をコロナ対応に大きく舵を切り、コロナ担当責任者と分野別リスク担当をアサインしたこと、チェアマンと執行幹部への一定の権限移譲を決定したことである。
2)幅広い継続的なコミュニケーション
リスクマネジメントにおいて最も重要なことの一つは、最悪を考えることであり、許容可能範囲までリスクを低減するためには、どのようなリスク低減策を打つべきかを検討し、準備することである。このためには、リスク範囲を把握することであり、各所からの情報の入手が不可欠となる。Jリーグでは、ウェブ会議システムを使い、最も重要な現場であるクラブ経営者との密なコミュニケーションにいち早く着手し、現状把握を行い、取るべく施策を整理した。
フェーズ2に入る際の試合延期決定に際しても、政府や幅広いスポーツ団体、パートナーなど、多方面との意見交換も、幹部が手分けして行うなど、試合延期に掛かる影響の把握にも尽力をした。
さらには、選手会とのコミュニケーションをより積極的に実施し、全56クラブの代表選手から、選手が抱える課題や不安を聞き、選手からの質問に対して一つひとつ文書で答えたり、チェアマンから選手に向けて動画メッセージを発するなど、リーグに関わる主要なステイクホルダーが一丸となれるようなコミュニケーションを実施した。
また、サポーター等への発信についても工夫がなされ、試合がない中でのYouTubeを利用した原博実副会長による番組配信、オフィシャル・ウェブサイトでのコロナ関連情報をまとめて「Jリーグにできること」というページを作り、メッセージを発信した。
Jリーグの非常勤理事からは、Jリーグのために何かしたいという草の根の有志を集めて、各クラブのコロナ禍の取り組みを一元化したサイトの作成等、様々な情報の受発信を支援する「One Field」の活動やwithコロナ社会におけるJリーグの未来をサポーター等の声を集め、共に考えるオンラインサロン「Jリーグ非公式勝手未来ミーティング」の提案があったが、Jリーグはこれらの活動を許容し、Jリーグのオープンネスを社会に知らしめた。これら非常勤の理事は、世界各地に居住する者もおり、各地のリアルな情報源の役割も果たした。
3)聖域なき取り組み
フェーズ3に入ってから、Jリーグから「できることはなんでもする」という声が発せられるようになった。過去の常識に囚われることなく、Jリーグの存続のためならば、何事にも挑戦し、力を借りることができるならば、過去のしがらみに関係なく借りるべきという意欲が感じられた。
前述の通り、中期経営計画の凍結やコロナ禍を前提とした組織の見直しが行われるなど大胆な対応策が次々に講じられた。小さな点でも、コロナ感染症との対応以降、各所とのコミュニケーションにそれまで利用していたテレビ会議システムではなく、より簡便に多くの人が活用しやすいZOOMの利用に変更した。既存システムに固執せず、よりもスピーディに幅広い関係者と議論ができることを重視し、実質面重視の柔軟な対応を実施した。
また、これまでJリーグは、ロビイング担当などを一切置かず、政府や政治とは距離を置いていたが、各クラブの財政状況を鑑み、「試合数減に係るスポンサー料の親会社やスポンサーの損金算入」「法人チケットの損金参入」など、法解釈の調整が必要なものに関し、木村専務理事が中心となって政策提言を行った。合わせて、Jリーグとして国のためにできることとして、各クラブ施設をPCR検査会場として提供することを提案した。結果、先述の損金参入は国税庁からの回答を得た。
しかしながら、Jクラブの過半が実質的な親会社を持たない市民クラブであり、こうしたクラブの財政支援は、実質的な資金の提供が必要となる。まず、各クラブへは、政府主体の支援策の情報提供も行い、まずは各クラブの資金調達を後押しした。しかし、Jリーグからクラブへの配分金は、各クラブの売り上げの約1割を占め、通常時においても、利益率の低い各クラブの損益分岐点を左右するものであることから、Jリーグ自身のキャッシュの確保も必要となり、金融機関に対してリーグの年間予算とほぼ同額のコミットメントライン(融資枠)の設定を行なった。
再開に向けて
5月22日、緊急事態宣言の緩和を踏まえ、かつNPBとの対策連絡会議での専門家から提言を受けて、Jリーグは同月29日に公式戦の再開日を発表することを明言した。
再開は、Jリーグにとって最も望むことであるが、再開に向けても解決すべき課題がある。全国一斉ではない緊急事態宣言の解除によって、選手の練習もままならないし、試合による選手やスタッフの移動に対する社会的許容度も一定ではない。選手の十分なトレーニングを課さず拙速な試合再開を行うと、選手の怪我を誘発する恐れもあり、JFA等からの「フィジカル・フィットネス・エビデンス」に基づき、練習開始時期と試合開始時期の検討が必要である。また、各クラブにおける感染防止策を講じるための準備余力、無観客で行う場合の新たな収益獲得策の検討、また、何よりも、国際試合も含めた試合日程の調整は困難を極める。
Jリーグの再開は、Jリーグのみならず、すべてのスポーツ団体にとっても待ち望まれるものである。中でも、totoによる年間1000億円を超える売り上げは、各スポーツ団体への助成金として配分されており、試合再開がなければ様々なスポーツ活動の停滞を招く。だからこそ、再開後に再び延期という事態を引き起こさないためにも、Jリーグの再開への準備は慎重を要する。
しかし、一連の取り組みを通じ、筆者の目に映るのは、困難に直面する中でのJリーグが、ステイクホルダーとの結束を強め、Jリーグの進化への一歩を踏み出している姿である。ポストコロナ社会において、Jリーグが進化し、スポーツビジネスの進化を牽引する存在になることを期待する。