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改めて問われた“スポーツ”の存在価値とこれからのスポーツビジネス

改めて問われた“スポーツ”の存在価値とこれからのスポーツビジネス
東 俊介│元ハンドボール日本代表主将 日本スポーツ産業学会運営委員 株式会社アーシャルデザインChief Branding Officer

スポーツイベントが続々と中止に

2019年12月、中国・武漢で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、中国全土から世界中へと広がり、世界健康機関(WHO)がパンデミックを宣言するに至った。スポーツ界においては、2月3日から武漢での開催が予定されていたボクシングの2020年東京オリンピック競技大会アジア・オセアニア予選大会がキャンセルになったのを皮切りに、世界中で様々なイベントが次々にキャンセル、延期となった。日本国内でも、当初は無観客試合を開催しながら収束を待つ団体もあったが、開幕したばかりのJリーグやBリーグ、オープン戦を開催していたプロ野球などのプロスポーツを始め、シーズンを締めくくるビッグイベントを控えていたバレーボールやハンドボール、2019年W杯における日本代表の活躍をトップリーグの盛り上がりに繋げていたラグビーなどのアマチュアスポーツについても軒並み中止に。熱戦を楽しみにしていたファンや関係者、日頃のトレーニングの成果を発揮する機会を失った選手たちの落胆の色は大きかった。 私が取締役を務めている卓球・Tリーグに所属する琉球アスティーダも2月に開催されたレギュラーシーズン最終戦、勝ったほうが優勝決定戦へ進出という大一番に見事大逆転勝利。3月14日に開催される両国国技館で日本一をかけた熱戦を見られることを心待ちにしていたのだが、一旦延期が発表された後、中止となってしまった。大舞台での活躍に向け、日々研鑽を積んでいた選手・スタッフの気持ちを思うと、何ともやるせない。

東京オリンピック・パラリンピックの延期

日本国内のみならず、世界中で様々なイベントが中止になる中、3月24日には安倍晋三首相が7月24日から開催される予定だった東京オリンピック・パラリンピック大会を、開催国・日本として、現下の状況を踏まえ、世界のアスリートの皆さんが最高のコンディションでプレーでき、観客の皆さんにとって、安全で安心な大会とするため、おおむね一年程度延期すると発表した。多くの方々がこのような状況で世界中からアスリートやスタッフ、観客、応援団などを迎え、無事に大会を開催出来るのか不安に感じていたと思われるので、延期はもちろん残念ではあるが、中止ではなかったことに安堵した向きもあったのではないだろうか。
私は選手としてオリンピックに出場することは叶わなかったが、自国で開催される世界的なビッグイベントに何らかの形で貢献したいとの思いで、日本財団ボランティアサポートセンターにご紹介いただき、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会TOKYO 2020 Field Cast共通研修の講師として活動していた。Field Castとはいわゆる大会ボランティアで、合計約8万人が運営に関わることになっている。私は、昨年9月に二日間に渡り講師を務めるための研修を受講した後、10月に約500名を対象に実施した共通研修で講師を務めた。異なる立場での二度の研修を通じて、大会の歴史や精神、東京大会の概要などを学び、伝えることで、改めてオリンピック・パラリンピックは単にトップアスリートが競技の勝敗を争うスポーツの大会ではなく、世界的な平和の祭典であることを理解し、大会を通じて自らが輝きながら、周りを輝かせることを目指す多くのボランティア仲間が出来た。
準備万端で大会を心待ちにしている約8万人のボランティアが活躍し、“世界的な平和の祭典の運営に関わった経験をもつ人材”というかけがえのないレガシーとなる機会が失われることは、スポーツ界のみならず日本全体としても大きな損失だと思う。

現役アスリートへの影響

東京オリンピック・パラリンピックが延期になることで最も大きな影響を受けたのは大会出場が決まっていた、あるいは大会出場を目指していたトップアスリートであろう。 4年に一度の大舞台に向け、己のピークを調整していた選手にとって、今回の延期はマラソンに例えるならば、ゴール直前に10km先に本当のゴールがあると告げられるのに近いのではないか。また、コンディショニングのみならず、活動資金の面でも不安を抱えるアスリートが存在する。例えば、フェンシングの2012年ロンドン五輪男子フルーレ団体銀メダリストの三宅諒選手はスポンサーとして3社からの支援を受けてきたが、五輪の1年延期が決まり、契約の継続が保留されたため収入が途絶え、国際大会の再開に備え、遠征費を稼ぐためにフードデリバリーサービス「ウーバーイーツ」での配達アルバイトに従事していると大きく報道された。三宅選手の例は決して特別なものではなく、多くのトップアスリートが同様の悩みを抱えており、海外の世界的な名選手が延期をきっかけに競技生活に終止符を打つ事例も見られた。
スポンサーや放映権など巨額の資金が動き、多くのステークホルダーが関わる巨大産業であるオリンピック・パラリンピックだが、最大のコンテンツである“競技”を創り上げるために最も重要なのは“アスリート”である。日々、血のにじむような努力を積み重ね、幾多の競争に打ち勝ってきた選手たちが、最高のパフォーマンスを発揮出来るような環境づくりを願ってやまない。

元アスリートやマネジメント事務所への影響

オリンピック・パラリンピックの延期や、数々のスポーツイベントの中止に影響を受けているのは現役のアスリートだけではない。2013年に東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まってからというもの、スポーツ界には巨額の資金が流れ込んだ。行政、自治体、教育機関、企業がこぞって予算を計上し、オリンピック・パラリンピックを啓蒙、普及する事業を展開。テレビ局や新聞を始めとするマスメディアも来たる大会を盛り上げ、関連するマーケットを拡大するために様々な形でプロモーションを実施してきた。そこには、メダリストを始めオリンピアンなどの現役トップアスリートやOB&OGがゲスト出演し、アスリート本人はもちろんマネジメント事務所などに大きな収益をもたらしていた。大会開催まで半年を切り、いよいよ本番、最高潮の盛り上がりとなるはずだった時期に、予定されていたイベントや講演などが次々にキャンセルされたことは、関係者に大きな打撃を与えただろう。

スポーツ、アスリートの出来ること

COVID-19は一般的に飛沫感染、接触感染が原因となって拡大すると言われている。感染を防ぐためには、 1.密閉空間(換気の悪い密閉空間である)、2.密集場所(多くの人が密集している)、3.密接場面(互いに手を伸ばしたら届く距離での会話や発声が行われる)を避ける必要があり、多くのスポーツがこの“三密”が原因で中止に追い込まれている。スポーツチームのビジネスモデルは、鍛え抜かれたアスリートのパフォーマンスを会場やメディアを通じて魅せることで、そこにグッズやスポンサー収入が加わる。それでは、“三密”を避けるため、パフォーマンスを魅せる“場”を失ったスポーツチームやアスリートには何が出来るのだろうか。
様々な競技の協会やチーム、アスリートがその影響力を活かして外出の自粛を促すメッセージをSNSなどで発信した。#Stay Home や、#家ですごそう といったタグをつけ、自宅で出来るトレーニング動画を配信したり、自らに出来ることで社会に貢献しようと様々な行動をおこした。この機会にオンラインコーチングやYouTubeを始めたアスリートも多いが、十分な収益が得られているのはほんの一握りだと思われる。もちろん、今回、存在価値が問われているのはスポーツやアスリートだけではない。世界中の様々な産業が“三密”を避けることが出来ずに存在価値を大きく揺るがされている。そんな中、スポーツと親和性が高く、業績を伸ばしている産業がある。

eスポーツ3.0

様々な産業が“三密”を避けるための外出自粛要請にともない大きな打撃を受ける中、ゲーム市場には特需が訪れた。3月に発売された“あつまれ どうぶつの森(ニンテンドースイッチ)”は世界的に外出自粛が広がるなか、ほのぼのとした疑似空間を通じ他人とのつながりを求める消費者の嗜好にマッチし、瞬く間に500万本を販売。家庭用ゲームのダウンロード数の新記録を更新し、その他家庭用ゲームの売上金額や、スマホゲームのダウンロード回数も伸びている。
“テレビゲーム”が“eスポーツ”と呼ばれるようになって久しい。私の個人的な分類では、eスポーツ1.0はその場にいるプレーヤーが対戦し、2.0はインターネットを通じ、その場にいないプレーヤーが対戦。現在は2.5、現役トップアスリートがeスポーツに参戦する状況となっている。4月に開催されたサッカーゲーム「FIFA」の国際大会にサッカー元日本代表の岡崎慎司選手が出場したことが話題になったが、FCバルセロナや東京ヴェルディなどeスポーツチームを持つ総合型クラブを筆頭に、今後この流れは加速していくだろう。  eスポーツはスポーツなのかという疑問を抱く大きな原因に“身体的な運動”がほぼされていないことが挙げられるが、私は今後、5GやVR、センシングなどのテクノロジーが進化することによって、身体的な運動をともなうeスポーツ3.0の時代が到来すると考えている。例えば、一般社団法人スポーツ能力発見協会が測定している運動能力値を自らのアバター(分身)に反映させ、擬似空間での競技に参加出来るようになれば、日頃鍛えた運動能力を活かし、負傷する危険なく様々な競技を楽しめるようになるだろう。ウサイン・ボルトがアメリカン・フットボールを、レブロン・ジェームズがバレーボールをプレーするのを自宅で好きなアングルから楽しむことが出来る時代が近い将来やってくるのではないか。

Withウイルス時代のスポーツビジネスとは

世界中の誰もがCOVID-19によるパンデミックの収束を願っているだろうが、歴史が物語るように今後、新たな感染症が蔓延しないとは考えにくい。これまでスポーツ界はアスリートによるパフォーマンスと“三密”による非日常の空間をコンテンツとしてビジネスを推進してきたが、今後、変革していかざるを得ないだろう。いかに“三密”を犯さない形で、アスリートのパフォーマンスと非日常の空間を創造していくのかが、今後、スポーツやアスリートに求められる。適者生存。環境の変化に適応出来なければ滅びるのみ。元アスリートとして、スポーツビジネスの末端に関わる者として、未来を切り拓いていきたい。

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