世界に通用する「サッカービジネス」ヘ ヴィッセル神戸の現状と未来

世界に通用する「サッカービジネス」ヘ
ヴィッセル神戸の現状と未来
安本卓史│楽天ヴィッセル神戸株式会社 常務取締役事業本部長

クラブ結成から23 年目のシーズンを迎えたヴィッセル神戸。昨シーズンは、後半戦(明治安田生命J1リーグ2nd ステージ)2位、YBCルヴァンカップ(昨年まで「ヤマザキナビスコカップ」の呼称)で3年連続決勝トーナメント進出と、徐々にリーグ上位へのステップを踏んでいる。昨年末に鹿島アントラーズがFIFAクラブワールドカップで並み居る各大陸の強豪クラブを撃破し、決勝では世界を代表するレアル・マドリード(ヨーロッパ王者/スペイン)をあと一歩のところまで追いこむ激戦を演じた。サッカーが世界に通じる競技だということを改めて示したのではないだろうか。楽天グループの一員としてヴィッセル神戸も、世界へ目を向けた取り組みを始めている。

阪神・淡路大震災を乗り越え、歩み続けたヴィッセル神戸

ヴィッセル神戸の歩みは阪神・淡路大震災からの復興の歴史と言っても過言ではない。19 95 年1月17日のチーム始動日に、近畿地方を襲った大地震。Jリーグ加入をめざして神戸市民による2 4万人の署名をもとに結成されたヴィッセル神戸であったが、ホームタウンは一瞬にして終戦直後のような惨状に見舞われた。19世紀後半に貿易で栄えた港町に、外国人によってもたらされた文化の一つがフットボール。古い文献によると、この地で日本最初のサッカーゲームが行われたという。その地にJリーグのチームがないことを憂慮した兵庫県のサッカー関係者が中心となり立ち上がったクラブは、復興のシンボルとなった。「明日へ神戸!」をモットーにJリーグ加入をめざし、96年シーズンでJFL2位となり、翌年からのJリーグ加入を勝ち取った。すでにJリーグで活躍をしていた石末龍治(当時・横浜フリューゲルス)、永島昭浩(当時・清水エスパルス)、 和田昌裕(当時・ガンバ大阪)ら兵庫県出身の選手が、格下カテゴリだったこのクラブへ帰還してのJリーグ昇格達成に、「日本サッカー夜明けの街」は大いに沸いた。ホームタウンの重要性を大きく感じるヴィッセル神戸の第一期だった。
Jリーグ加入後、三浦知良、岡野雅行、城彰二、平野孝など、日本代表クラスの選手を擁して上位を目指した第二期は、厳しい戦いを強いられた。10位の壁を越えられず、徐々に財政面でも厳しさが増し、結成当初からクラブ運営を担ってきた神戸市はクラブを、神戸市出身の三木谷浩史
(楽天株式会社代表取締役会長兼社長)に委ねることとなった。
2004年に社名を株式会社クリムゾンフットボールクラブと一新。トルコ代表のイルハンが加入し、華やかさをもって迎えた第三期。三浦淳寛や大久保嘉人など、人気と実力のある選手が加わるも、二度のJ2降格(2005年、2012年) を経験。しかし、いずれも1年でのJ1復帰を果たした。 震災から20年となった2015年1月17日には、ヴィッセル 神戸の現役・OB選手チームと、岡田武史氏や中田英寿氏、中村俊輔(現ジュビロ磐田)などの元日本代表チームが対決する「阪神・淡路大震災20年チャリティーマッチ」を開催し、2万5,0 00人もの観客を集める。収益金は東北の被災地へ寄付。2016年には、熊本地震でホームゲームの開催が困難となったロアッソ熊本へ「ノエビアスタジアム神戸」(以下、ノエスタ)を提供してホームゲーム開催を手助け、2017年3月11日にはベガルタ仙台との公式戦を
「東日本大震災復興試合」と銘打ち興行を実施するなど、震災を風化させない活動を行いながら、その取り組みを国内に発信してきた。

クラブ経営、競技、ファンの間のバランスの重要性と、それを保つ難しさ

プロスポーツクラブの主な収入源は、広告料収入(以下、広告)、入場料収入(以下、入場料)であり、グッズ収入やコンテンツ収入などはその他売上に分類される。2015 年度の経営情報開示資料によると、浦和が60億円超と群を抜いた営業収益(総収入)を上げており、それにFC東京、名古屋、横浜FM、鹿島、G大阪と4 0 億円強のクラブが続いている。重要だと思われるのは、広告と入場料のバランスである。浦和は広告が約25億円、入場料が約22億円とほぼイコールのバランスに対し、他クラブは、ビッグクラブでさえ、そのバランスに大きな差がある(広告/入場料:鹿島=約18億円/約8億円、横浜FM約22億円/約9 億円、名古屋約27億円/約7億円)。入場料は人気のバロメーターであり、浦和はそのバランスが突出して高いレベルで保たれているのがわかる。
それらの収入を基にチーム編成を行うプロスポーツの競技面を支えるのは、チーム人件費(以下、人件費)だ。20億円を超えるのは、浦和、鹿島、名古屋の3クラブ。この
3クラブは広告が人件費を上回っているので、競技への健全な投資と言える。(それでも名古屋がJ2へ降格するのだから、数字だけでは絶対とは言えないが、指標の一つであることは間違いない。)また、首都圏以外のほとんどのクラブでは人件費が広告を上回っており、財源を確保する難しさが見て取れる。そんな中でその数字が近いクラブが2 つ存在する。柏(広告=約19億円/人件費=約19億円)とガンバ大阪(同=約19億円/同=約19億円)だ。この2クラブは直近の5年間でタイトルを獲得しており、広告と人件費のバランスは重要な関係にあると言える。これに、浦和のように、入場料も同じレベルに伸長させることが、競技の強さを継続するためのファクターだと考えている。ヴィッセル神戸は、広告22億円、人件費20億円近くにまで伸長し、徐々にビッグクラブの域に近づいてきている。待たれるのは、初のタイトル獲得とそれによる入場料の増加だ。経営・競技・ファンのバランスは、広告・人件費・入場料が均一に保たれることが良い形だと考えている。
世界のサッカークラブの営業収益に目を向けると、レアル・マドリード(以下、レアル)とFCバルセロナ(以下、FCB)が7億ドル、マンチェスターUが6億ドル強、バイエルン・ミュンヘン、アーセナル、マンチェスターC、チェルシーが5億ドル強と、驚異的な数字だ。これは高額な放映権料によるもので、Jリーグとの最も大きな差だと感じている。ただ、これまでカテゴリの違いはあるものの、放映権料がほぼ均一だったJリーグも、今シーズンよりDAZN(ダゾーン)へ放送権を委託したことで大きく構造を変えようとしている。2017シーズンは優勝チームへの賞金に大きくアドバンテージを持たせることが発表されており、有力クラブが行った先行投資(チーム補強)がどのような結果をもたらすか注目されている。

ピッチ環境の改善とスタジアム管理

ヴィッセル神戸の本拠地であるノエスタは屋根付きのスタジアムだ。全天候型として雨の日も観客は、濡れることなく快適に試合を観戦できる。その屋根を支える構造のため日照時間が極めて少なく、ピッチ(グラウンド)の芝の生育不良に悩まされてきた。日照時間を補うために寒冷地芝を採用しているが、高温多湿に弱い特徴があり、梅雨から夏にかけてピッチは決して良いと言える状況ではなかった。しかし、昨年は夏場に暖地芝への張替えを敢行。秋口に寒冷地芝に戻す二度の張替えが奏功し、チームの好調を支えた。ただ、この施策には費用がかかる。そこで関係者が目を付けたのがハイブリッド芝(以下、HB)の導入だ。天然芝と人工芝繊維を融合させて天然芝を補強する手法で、欧州では主流になりつつある。これに加え、日照時間を補うグローイングライト(芝生促成用照明)、寒冷地芝に重要な地温をコントロールする管理システム、芝表面の通風を助長する大型送風機などで芝の育成をサポートする体制を整えつつあり、この秋からは本格的なHB導入工事が始まる。既にH Bを採用しているイングランドの聖地・ウェンブリースタジアムでは「ラグビーやコンサートをやってもサッカーへの影響はない」との話を聞き、2019 年ラグビーワールドカップの試合会場となるノエスタも心配しなくてすみそうだ。また、これを機にスタジアムの管理も自社で行うことを検討しており、スタジアムの運用については楽天イーグルスからの成功事例を参考に取り組む予定だ。

ハイブリッド芝
特殊人工芝繊維を天然芝の間に挿入芝生が成長し、人工繊維と絡み合う
芝生が成長し、人工繊維と絡み合う

グローイングライト
芝生育成用の照明を使って日照時間を補う

世界レベルのクラブを目指して

2017年7月から始まる楽天とFCBのパートナーシップがもたらす効果は計り知れない。楽天グループの一員としてこの機会を活用し、桁外れの売上を誇るFCBから多くのことを学んでいきたい。この夏には、元ドイツ代表のポドルスキがヴィッセル神戸に加入予定で、彼が日本でどのようなプレーを見せるか、国内だけでなく世界が注目している。これまで述べてきたことを一つずつクリアして健全なクラブ経営を行い、世界レベルのクラブになることを目指したい。それが、楽天ヴィッセル神戸と社名を変更した、第四期の展望だ。

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