日本代表の法務 ~海外選手の実際
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日本代表の法務 ~海外選手の実際
早稲田大学スポーツ科学学術院教授・博士(スポーツ科学)、弁護士 松本泰介
2026年は、2月からミラノ・コルティナ冬季オリンピックパラリンピック、3月に野球のWorld Baseball Classic(WBC)、6月のサッカーW杯など、日本代表がまた盛り上がる年になります。ファンとしては楽しみですが、国の威信をかけてプレーする代表選手たちのプレッシャーたるやとんでもないものです。 最近は、どの競技の日本代表にも海外でプレーする選手が増えてきました。海外の著名なチームでプレーするトップレベルの選手も出てきているので、このような海外でプレーする選手はとても華やかに見えます。しかしながら、実際の多くの海外選手の実情はちょっと異なります。今回はそのような海外選手の実際を解説したいと思います。
海外移籍は実は簡単ではない
海外移籍する選手は、特に会見などで大きな注目を浴びるため、スムーズに移籍をしているように思われます。
しかしながら、移籍というのは、海外のクラブが選手契約をオファーし、それに合意しないと絶対に起こりません。オファーというのもそんなに簡単に起こるものではなく、選手は、ずっと待っていてもオファーがあるものではありません。クラブからオファーを出してもらうためには、当然選手側からの売り込みも必要であり、とはいえ、売り込んだからといってクラブからオファーが出るわけでもありません。オファーとは言葉では簡単ですが、移籍先のクラブ内で獲得の意思決定がなされないと出ないもので、とてもアナログなものです。
また、このような場合、エージェントが移籍先を見つけてくるのだから、選手は何もしていないように思っている方もいるかもしれません。しかし、エージェントも全てのクラブとコネクションがあるわけでもありません。むしろ個々のエージェントが少ない手持ち候補の中から何とか移籍先を生み出しているのが実情でしょう。クラブがエージェント経由ではなく、単純に獲得を欲してオファーしてくるケースもあるので、エージェントが移籍先の獲得についてほぼ関与していないケースもあります。ですので、海外移籍と言っても、選手にあまり選択肢がないのも事実です。
日本のプロ野球ではそもそも海外移籍はポスティングか海外フリーエージェント、自由契約しかありませんので、そもそもほとんど移籍が起こりません。この機会すら得られずに引退する選手も多々います。一方で、日本のJリーグにおいては、契約期間が終われば移籍が自由なものの、実際海外移籍を希望する選手のうち、移籍先クラブからのオファーがなく、移籍できない選手が数多く存在します。
こういう意味では、選手も仮に移籍のオファーがあったとして、満足できるオファーはなかなかなく、選手としては、数少ない選択肢の中から移籍を決断しているのが実情です。
海外移籍は移籍してからが難点?
海外移籍は、移籍するだけがすべてではありません。もちろん移籍にあたり経済条件も良い条件の方が望ましいことは明らかです。
ただ、海外移籍と言っても、経済条件が良いケースばかりではありません。海外クラブのオファーはもちろん日本のクラブでの年俸を上回ることはよくありますが、日本のプロ野球にしろ、Jリーグにしろ、それなりの年俸をもらっている場合、年俸などの経済条件が下回る形でしかオファーがない場合もあります。このような場合、選手は、海外移籍を取るのか、経済条件を取るのか、非常に悩ましい選択を迫られることになります。多くは、海外移籍をしないと次のステップもないので、海外移籍を選択しますが、日本にいるより厳しい条件で望んでいる現実はあまり報道されません。経済条件も悪いにもかかわらず移籍を選択する意味を理解できない方もおられるかもしれませんが、実際、自らの成長のためだけに、日本でのプレーだけでなく、海外でのプレーを選択しています。
海外でのプレーは華やか?
海外でプレーしている選手の活躍を見ると、非常に素晴らしい環境でプレーしているようにも見えます。
しかしながら、実は施設の部分は、海外のビッククラブより、日本のクラブの方が優れている、恵まれている部分は多々あります。スタジアム、アリーナと違い、練習施設や環境が注目されることはありません。
海外のクラブの練習施設などはも大きな収益源になることもないため、あまり豪華ではありません。クラブハウスも、ロッカー、ジム、食堂などの最低限の機能のみのことも多々あります。実際、海外選手がプレーする現地のクラブハウスなどを何度も訪ねていると、率直には日本の練習施設の方がよほどいい施設であると感じることは多々あります。また、日本は、スタッフの細やかさやトレーナーなどソフト面でも充実していることが多いですが、海外では、このような側面が不足していることもあります。
このように海外でプレーするといっても、その練習などの日常は厳しい環境で過ごしていることもあります。
どんどんステップアップできるのか?
移籍するとバラ色のように見えますが、前述のとおり、とりあえず海外に移籍し、経済条件や、練習環境もあまり良くないクラブに在籍することも多々あります。その場合、次のステップアップを考えることになりますが、現実には、それも簡単にできるものではありません。
まず、海外移籍した場合、複数年契約をすることもよくあります。クラブが選手を戦力として保持する意向があることは当然ですが、むしろ選手がビッククラブに移籍する際の移籍金を獲得するために複数年契約しています。所属クラブとしては、より大きな金額の移籍金を獲得するため、仮に他のクラブからオファーがあったとしても、なかなか移籍を成立させようとしない場合もあります。複数年契約をしてしまった場合、選手はそこに拘束されるので、簡単に次のクラブに行けない現実もあります。
このような際は、クラブとの移籍条件に関する条項が課題になります。契約期間中に移籍の可否や、その移籍金の条件などを定めていない場合、クラブ都合でしか移籍できなくなるため、条件設定は極めて重要です。
海外での生活も大変
海外移籍は華やかなに見えるので、生活も豪華だと思われがちです。しかし、海外での生活は全く異なります。
選手は身ひとつで行けばいいように思われているところもありますが、全くそんなことはありません。移籍したクラブがある街に何らかのコネクションが特になければ、一から構築していかないといけません。住居の選択や、家財道具の購入、移動の手段として車も手配など、全て自分でやらないといけないので、文字面以上の大変さがあります。 また、生活していくためには、銀行、電気、水道、インターネットなども自分で契約していく必要があるでしょう。日本では新人のときは、クラブが提供する寮に入るパターンも多いので、クラブがいろいろ手配してくれますが、海外移籍のときはそのような手配はなく、全く何も知らない異国の地で、自分でやるしかありません。もちろん自らのプレーと並行してやらなければならず、その負担は大きなものになります。
なお、移籍は突然決まったりすることもあるので、生活面の準備を十分な時間をかけて行うことがなかなか難しいこともあります。最初はホテル暮らしからスタートし、準備した上で家族を迎え入れる選手もいます。
- リスボン滞在時に視察したカーザ・ピアACのクラブハウスとスタジアム
日本のような何でも便利にそろっているわけでもなく、海外での生活はいろいろなトラブルもつきものです。報道されるわけではないので一般には伝わりようがありませんが、弁護士として個々のトラブル相談を受けていると、想像以上のトラブルが存在します。
海外で活躍できなかった選手に対する誹謗中傷
以上のとおり、選手の海外移籍は、一見華やかなように見えますが、かなり厳しい現実が存在します。さらに、日本では一度海外に移籍した選手がまた日本に戻ることを選択した場合、出戻りだとか、元々帰ってくるところがあったとか、ひどい誹謗中傷が散見されます。
しかしながら、自ら退路を断って、非常に大きな苦労のもとに海外移籍を行い、海外で必死にプレーしている現実があります。結果が出る出ないは極めて流動的で、運不運もある世界です。不幸にも結果が出ず、短い現役期間の中で、また日本でのプレーを選択しているだけにもかかわらず、大きなバッシングを受けるのはとても理解できません。
海外選手の実情の理解が進めばと思っています。




