ボールパークの時代 ─日韓プロ野球におけるスタジアムの進化にともなう観戦文化の変容―
ボールパークの時代─日韓プロ野球におけるスタジアムの進化にともなう観戦文化の変容—
鹿屋体育大学准教授
石原豊一
プロ野球は、現在「生観戦ブーム」に沸いている。これを後押ししているのが、1980年代終わりに起こった「ドーム・ブーム」に始まり、2000年代末以降の「ボールパーク化」へと続いたスタジアム建設であろう。韓国プロ野球でも2010年代以降、観客体験を重視した球場整備が進んでいる、今やスポーツ観戦は「滞在型体験」へと進化しているのだが、今後控えている我が国のプロ野球専用球場建て替えの参考として本稿では今年新設されたテジョン・ハンファ生命ボールパークの事例を取り上げる。
「球界再編騒動」後の日本プロ野球の興隆を支えたスタジアム整備
プロ野球(NPB)は、近年「生観戦ブーム」に沸いている。平均3万人超を集客するこのプロスポーツは、世界有数の娯楽コンテンツと言えるだろう。
NPBが本格的にスポーツビジネスへ舵を切り始めたのは、複数の球団合併計画に端を発した2004年の「球界再編騒動」以降のことではないか。これを契機にプロ野球を稼げるコンテンツにしようという意識が球界内で共有されるようになり、その後20年でNPBは大きく変化した。ショーアップやマーチャンダイジングの充実、選手をキャラクター化し「推し活」へつなげる戦略などにより、プロ野球観戦は一大消費イベントへと変貌した。この変貌はそれ以前に起こったスタジアムの進化あってこそのことだった。
1988年以降の約10年の間にNPBではスタジアム建設・移転ラッシュが起こった。東京ドームを皮切りに、神戸、千葉、福岡、大阪、名古屋に新球場が次々と開場したが、その多くがドーム球場として新設。2001年完成の札幌ドームへの2004年の日本ハムの移転をもってNPB各球団専用球場再整備はひと段落を迎えている。
米国から韓国に伝わった「ボールパーク」ブーム
韓国ではこれより20年ほど遅れて、新球場建設の波が訪れた。1982年に6球団でスタートした韓国プロ野球(KBO)の各球団は、1948年以降に建設されたアマチュア用の球場を本拠とした。その後1980年代にソウル、プサン、スウォンに新球場が整備されたものの、1990年代以降は経済不振やプロ野球人気の低下もあり、2002年に建設されたインチョンのムナク球場*以外にプロ専用球場が新設されることはなかった。
日本でドームブームが起こっている頃、米国では野球観戦スタイルの大転換が進んでいた。1960〜70年代に建設された多目的巨大スタジアムに飽きたファン層のニーズに応える形で、1990年代に「ボールパーク」ブームが到来した。これは、野球の原風景を思わせるレンガ造りの外観や不整形なフィールド、回遊性、施設周囲に配置されたレストランやショップ、子供用遊具などを特徴とする、観戦体験を「滞在型」へと進化させようとする新しい形の野球場だった。
日本でもこの潮流を受け、2009年に初の本格的ボールパークとして広島にマツダスタジアムが開場したものの、その後新球場建設は続かず、その新設は2023年のエスコンフィールド北海道の開場まで待たねばならなかった。
一方、韓国では2010年代に入り、クァンジュ、テグ、チャンウォンの3都市で相次いでボールパーク型の新球場が建設された。また同時期、ソウルには初のドーム球場・コチョクドームも開場し、韓国における野球場のイメージが刷新された1。
日韓両国のプロ野球は、それぞれ異なるタイミングでスタジアムの進化を経験してきたが、共通しているのは「観戦」という行為がもはやゲームそのものだけを楽しむものではなく、スタジアム全体を楽しむ「体験」へと変わってきたという点である。その進化の象徴こそが、「ボールパーク」なのである。
韓国最新鋭の「テジョン・ハンファ生命ボールパーク」
1986年、ピングレ·イーグルスとして設立された現在のハンファ・イーグルスは、テジョンのハンバッ球場を本拠地球場としてきた。 しかし、1965年開場のこの球場は度々老朽化が指摘され、収容人員も約1万3000人と、プロ野球人気の高まりに応えることができる規模ではなかった。そこで隣接する競技場を取り壊した跡地に新球場が建設されることになった。
今シーズン開幕を前に完成した新球場は、エスコンフィールドをしのぐ総面積5万2100㎡敷地を誇る。そこにそびえるメジャーリーグのスタジアムを彷彿とさせる4層の内野スタンドは、旧球場のそれより遥かに 巨大ながらも、快適性を重視し、座席間の間隔を広くしたため、スタジアムの収容人数は旧球場から7000増の約2万席に抑えられた。一方で、収益性を高めるために、エンタメ性を備えた様々な仕掛けが至るところになされている。
フィールドは、韓国初の左右非対称形が採用された。狭くなったライト側にはビジョンも兼ねた高さ8mのフェンス、「モンスターウォール」が設置され、その裏はアジア初となる複層型ブルペンとなっている。ボールパークといえば、天然芝のイメージがあるが、テクノロジーが進んだ現在、本場・米国でも最新鋭の人工芝が導入されるようになっている。ここでもそれが採用された。
席数はホームチームが陣取る一塁側が多くなるよう設定され、レフトスタンドの大半はピクニックゾーンとして数段の芝生席となっている。バックスクリーン上部にもスタンドが設置され、内野上段スタンドの端にはスポーツバーとフードコートを設けるなど、スタジアム回遊それ自体を楽しめるようになっている。
この球場最大の目玉は、三塁側上層スタンド最上部にある。そこには30人収容可能な横15m、縦5m、水深1.5mの「大プール」の他、ファミリー向けの6つの「小プール」が設置されているのだ。春先のナイトゲームは凍えながらの観戦となることが多い韓国だが、その寒さには温水をもって対応するという。
「公設民営」のボールパーク
この新ボールパーク建設にあたっては、公的資金によって整備された施設を民間企業が運用・収益化する「公設民営方式」が採用された。
KBOスタッフによれば、この新ボールパーク建設にあたっての総事業費2074億ウォン(約221億円)のうち、韓国政府とテジョン市が8割近い1588億ウォンを、2割強の486億ウォンをハンファ側が負担したという。プロ球団の専用球場の建設費の大部分を公的資金によって賄い、球団を保有する企業グループが残りを負担するという方式は、2010年代に建設された韓国のボールパーク型球場に共通している。
韓国では9つあるプロ野球本拠地球場のうち、6か所について、その球場を本拠とする球団の親企業グループがネーミングライツを取得しているが、テジョンにおいても、旧球場時代の2015年シーズンからハンファグループがネーミングライツ契約を結んでいた。新ボールパーク開場に際しても、ハンファグループは新たに25年の長期契約で命名権を取得し、新球場の運営を委ねられている。
ハンファ球団は、この新ボールパークを単なるスポーツ施設ではなく市民のレジャー拠点としても活用できる「ハイブリッド型」の施設として利用することを目指している。設計段階から地域住民の利便性や娯楽性も重視したことは、スタンド内に設けられた場外向けのベーカーリーに現れている。隣接するアリーナで冬季に開催されるバレーボールやバスケットボールの観客も利用できるこの店は、野球の観客以外も顧客と想定しており、市街地の南方にあるスポーツコンプレックス全体を集客施設とすることにより、地域経済の活性化を目論んでいる。
試金石としてのビッグイベント、オールスターゲーム
近年、日本では、遠方へ観戦に出かけるスポーツツーリズムが娯楽のひとつとして定着しているが、それは韓国でも変わらない。人口約143万人を抱える韓国第5の都市、テジョンへは、ソウルから高速鉄道に乗れば1時間強で到着する。KBOオールスター戦の際には、ソウルをはじめとする各地から日帰り客が大挙してこの町を訪れていた。
NPBでは、オールスターゲームの開催地は、原則、加盟12球団の本拠地球場を持ち回りで使用することになっているが、KBOでは、今世紀に入って以降は、新球場が完成すると、そこで開催されるのが通例となっている2。それに従い、今年のオールスターゲームはテジョンで開催された。この韓国スポーツ最大のイベントは、それまで単なるスポーツの場であった運動公園を「ハイブリッド型」の新たな娯楽空間に変えるべく整備された新ボールパークの集客力、収益力の試金石となった。
試合開始4時間前のテジョン駅のロビーは、KBO各球団のレプリカユニフォームをまとった野球ファンによって占拠されていた。このロビーの一角にはオールスター戦のグッズ売り場が出ていた。覗いてみると、商品棚にはミッキーマウスなどとコラボした「かわいい」系の商品が並んでいた。ここに集まっていたファンが着ているレプリカユニフォームも、通常のゲーム用のそれではなく、かわいらしい丸文字をあしらったものや、パステルカラー系のものが目立つ。以前のKBOの観客層を知っている身には、その変化の大きさに驚かされた。とにかくファン層が若く、女性ファンの多さが目につく。ここ数年ほどの間で、KBOはブルーオーシャン開拓に本腰を入れていたのだろう。
テジョンの中心街は、高速鉄道が発着するテジョン駅と西テジョン駅の間に広がっており、地下鉄もこの両駅間をつなぐかたちで東西に延びている。ボールパークの立地する運動公園はこの両駅を結ぶラインからは外れており、したがって主要なアクセスはバスとなる。テジョン駅からは歩いてもいけないことはないが、徒歩30分近く。「まちなかスタジアム」とはなかなか言いにくい立地ではあるが、1993年開催の万博をきっかけに整備が進み、すでに出来上がってしまった市街地に新たに大規模なスポーツ施設を建設することの難しさを考えると、旧球場と同じ敷地での建設は妥当な判断だったと言えるだろう。
都市計画と連動されるかたちでスタジアム建設と鉄道路線を同時に整備する事例は世界各地でみられるが、イベントの集客力が高くなるほど混雑が問題化することは、現在大阪で開催されている万博が示している。スタジアムへの路線を日常的に利用している一般市民の目線からは「観光公害」になりかねない。その意味では、巨大集客施設が主要駅からほどよい距離に立地していることはかえって利点にもなる。
その点、テジョンの運動公園はまさにその「ほどよい」距離に立地している。試合後、約2万人のファンたちの多くは、バス待ちを避けて、徒歩を選択していた。少々遠い道のりだが、10分も歩けば、この町自慢のアーケード街、「スカイロード」がある。試合後、この町に宿泊する者はここでナイトライフを楽しみ、そのまま高速鉄道で帰途につく者は、アーケード街を散策しながら駅に向かっていた。
5回終了後にK-POPスターによるミニライブ、試合後には表彰式があり、花火の打ち上げでフィナーレとなったこのビッグイベントだったが、そのすべてを見終わった後に徒歩でテジョン駅に向かっても、各方面への高速鉄道の最終便には十分間に合った。ソウル行の乗客の大半は、ユニフォームを身にまとった「観戦組」だった。
今後も続く日韓の新球場建設
韓国では今後も新球場のオープンが続く見込みだ。4年前に球団を買収したデパートを中核としたシンセゲ・グループは、傘下のSSGランダースが前身球団から受け継いだインチョン・ムナク球場に代わる2万人規模のドーム球場建設を2028年に予定している。そして2031年には、プサンの人気球団ロッテ・ジャイアンツの新本拠が開場の予定だ。その後、ソウル五輪の会場ともなった「韓国野球の聖地」である首都のチャムシル・スタジアムを解体した跡地に建設予定の新ドーム球場完成の2032年をもってこの国のプロ野球スタジアム整備はひと段落つく。
我が国でも今後、首都圏で3つの新球場建設が予定されている他、今シーズン巨人、阪神という2つの伝統球団が新球場を建設した二軍において、いくつかの球団が自治体を巻き込んだ新球場建設を計画している。「ドームブーム」の時代に建設された諸スタジアムが老朽化・更新の時期を迎えた今、隣国のボールパーク建設の事例は大いに参考になるだろう。
* 韓国では日本同様多くの球場にネーミングライツが採用されている。インチョン・ムナク球場も、ここを本拠とする球団の親会社がこれを取得してきたが、その親会社の交代によって球場名も変わっている。本稿では混乱を避けるため、元の名である「ムナク」球場と記述した。
1石原豊一(2021)「世界中で進む野球場のイノベーションとしての『ボールパーク』—韓国における新球場の事例を中心に—」,『ベースボーロジー』14, 37-61.
** 但し、2016年に関しては、前年10月に開場し、この年からネクセン・ヒーローズの本拠となったソウル・コチョクドームで開催。この年春に開場したテグ・サムスンライオンズパークでのオールスター戦開催は翌年に回された。