NTTが進めるIOWN構想と スポーツ分野への活用

NTTが進めるIOWN構想とスポーツ分野への活用 滝川大介
│東日本電信電話株式会社ビジネス開発本部

昨今、スポーツ中継ではたとえ現場におらずとも、編集や収録、放送に至る作業を行うリモートプロダクションが多く見られるようになってきた。それでも、高画質化による映像データの膨大化やそれに伴うラグなど課題はある。それを解決するために、NTT東日本が開発し、実用化に向けて動いているのが次世代情報ネットーワーク「IOWN」(アイオン)だ。開発に携わる滝川大介氏に、その実態を解説してもらった。

年々、情報通信におけるデータ量や電力は増加している
まず初めに、現在のスポーツという分野に置いて、情報通信の技術がどのように活用されているのかを話しますと、大きくは以下の4つに分けられます。
❶トレーニング センサー等を活用して選手のパフォーマンスのデータを収集し、分析したデータを元にトレーニングプログラムを作成する取り組みが見られます。
❷観戦 従来はテレビ放送が主流でしたが、昨今はインターネットを介した試合イベントの視聴がかなり増加しています。またインターネットのみの独占中継も増えたほか、デバイスも多様化し、テレビだけでなく“いつでも、どこでも”観戦できるようになっています。
❸放送 4K、8K映像といった高解像度でのテレビ放送のほか、試合やイベント会場での多彩な角度からのマルチカメラを設置し、臨場感や没入感のある映像を届ける仕掛けも進んでいます。また、プレー動画だけでなく、様々な統計データを試合中も表示することによって、かなり高度な視聴体験ができる形態となりました。
❹ファンエンゲージメント 近年はSNS等を用いて、選手とファンが直接つながるケースが多くありますし、参加型コンテンツやイベントも情報通信の進化に伴い実施されています。

ここで情報通信の現状について触れますと、インターネット上で流れる情報流通量は2006年から振り返ると実に200倍に膨れると推測されます。これは様々なコンテンツの高精細化やデータ流通の基盤が揃ったこと、またコロナ禍でのリモートワークの一般化などが背景にあります。また、オンプレイで処理されているデータ量も増えており、テラの上のベタ、エクサ、そのうえのゼタという今まで聞いたことがないような単位にまで飛躍的に伸びようとしているのが現状です。
そのインターネット上で一定時間内に転送されるデータ量、つまりトラフィックデータの直近1年間における推移を振り返りますと、イベントに伴ってピークが立っています。実はその要因の多くが、スポーツ関連であることが分かります。それ以外ですと、ゲーム関連のアップデートや配信でピークが立つケースが多く見られます。仮にゲームをeスポーツというカテゴリーに当てはめるとすれば、もはやピークが立つほとんどの要因はスポーツ関連ということになります。
ちなみに3月4日と3月7日は野球配信となっており、これは国際大会「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」が催された時期ですが、(日本が優勝した)決勝などではなく、国内の強化試合でして、それらがインターネットで配信されたタイミングのものになります。逆に、WBCの決勝当日はトラフィックが下がりました。これは北米やヨーロッパと異なる傾向でして、海外ではインターネットでビッグイベントが配信されて視聴するケースが多い反面、日本では国民的イベントこそテレビにかじりつくわけです。
これはオリンピックの開閉会式でも同様の傾向が見られ、この先、テレビ放送とインターネット配信のバランスについては、興味深いところです。

大容量化、低遅延化、低消費電力を実現する「IOWN」
こうした通信データ量が増えると様々な社会的課題が生じます。特に重要なのが「電力」です。データを処理する際にネットワーク機器やサーバー、またそれらを処理する台数そのものも多く必要となり、飛躍的に消費電力が増えていくことは目に見えています。2050年にはIT機器の消費電力量が、日本の電気発電量の半分を占めてしまう、という見積もりも出ています。これを解決する手立てが求められている状況になります。
そこで解決策として我々が開発に着手しているのが「IOWN」です。
IOWNとは2019年にNTTが提唱した次世代情報ネットワークに関する構想で「Innovative Optical and Wireless Network」の略です。キーとなるのは光電融合の技術と、それに伴う新たなインフラの作成になります。既存のインフラと比べて大容量性や低遅延生、低消費電力を図ることによって、よりスマートな社会の実現に寄与していきたいと考えております。
光電技術について説明しますと、NTTグループにおいては光ファイバーによる電装を2000年代から進めています。これは機械による伝送になるのですが、そのデータを処理するまでの間に電気の変換が行われることによって電力消費や遅延が生じます。処理自体はどうしても電気でやらなければならず、ここを局所化することで消費電力を下げて、かつ高速化するようなインフラを作ろう、という観点で取り組んできました。2019年にようやく効率的な光トランジスタ(光の出入力デバイス)を実現でき、それを活用したインフラの作成を推し進めている段階です。
さて、IOWN実現のためには、「オール・フォトニクス・ネットワーク(APN)」「デジタル・ツイン・コンピューティング」「コグニティブ・ファウンデーション」の3つの技術が必要です。
「オール・フォトニクス・ネットワーク」とは、端末間のネットワークを光で結ぶものです。現在のネットワークは電気を中心に作られており、データ元から通信設備そして現場(例えばオフィス)といった間のやりとりは入出力こそ光ですが、処理は電気を使います。
そこを完全に光でつなぐことによって、電気を極力を介在させないような仕組みにする。電車に例えますと光ファイバーは新幹線の速さがありますが、従来は途中で駅に乗り換える必要があったのを、乗り換えなしで終着点まで行く、というイメージでしょうか。
次に「デジタル・ツイン・コンピューティング」とは、高速かつ低消費電力で計算処理ができるような光電融合の組織(サイバー空間)を作り、そこで現実世界の大量なデータを処理して、現実と同様にシミュレーションを行うことで、現実世界の未来予測や最適化を目指すものになります。これは実際に、アーバンネット名古屋ネクスタビルで実証実験を行っていまして、空調設備からのデータやテナント内の飲食店における消費状況などをリアルタイムで処理し、ビルの従業者への食事提供に生かす試みをしています。
最後に「コグニティブ・ファウンデーション」ですが、これは上記の高速大容量通信ネットワークや膨大な計算リソースといったものを効率的につなげて最適化する機能になります。
そして、IOWNの通信特性は3つになります。1つ目は「大容量」で、膨大なデータをスピーディーに送受信できます。2つ目は「低遅延、ゆらぎゼロ」で、光波長の占有により他ユーザーのトラフィック影響を受けず、信号の圧縮や変換を行う必要がないため、物理的に距離が離れていたとしてもリアルタイム性に富んだ双方向通信が可能です。最後に「遅延の可視化・調整」で、各拠点で生じる遅延を測定し、1マイクロ秒単位での遅延調整が可能です。これは同期性が厳しく求められる用途において効果を発揮します。

IOWNで実現する遠隔指導や放送・観戦における新たな可能性

では、このIOWNによって実現できることとは何か。一つは、物理距離に関係ない遠隔指導が可能になることが挙げられます。実際にIOWNの実証実験としてダンス教室を用いた遠隔での指導を行い、そこでは講師と生徒の会話はとてもスムーズで、さらにタイムラグはなく、ダンスの動作に関しても対面にいるのと変わらないレッスンができました。ダンスは特にリアルタイム性が求められますし、それ以外ですと吹奏楽や合唱といった音楽関連の用途やeスポーツなどでIOWNを使うことによって、様々な地域の人たちが現地に集まらずとも、セッションすることができるというわけです。さらには医療分野においても活用可能です。
スポーツの現場におきましても、昨今は競技人口の少ない、また指導者の確保が難しいエリアが課題となっています。そこで、IOWNのような遅延のない指導ができるリモート環境が整うことで、コミュニティの広がりや競技人口の増加に貢献できると考えております。
とりわけeスポーツは“デジタル化された競技”であり、競技者のお互いの環境への公平性が担保されていることが前提なわけですが、リモートで競技をすることが難しくもあります。多くの競技においては1カ所の競技会場に集まり、そこでファンも駆けつけて盛り上げる、という構図になっています。どうしても多地点で同時に進行できない点が課題ですが、IOWNの技術によって複数のリモート会場から競技を実施することができるわけです。
もう一つは、放送や観戦にもたらす効果があります。放送分野におけるスポーツ配信は今や非常に重要であり、これもIOWNによる通信環境の進化がもたらすものは大きいと考えております。従来ですと、試合が行われている会場と、その映像を編集する拠点が遠く離れている場合にリアルタイム性や大容量性、遅延などが問題となっており、その分、なかなか試合映像の高解像度化が進まない、という実情がありました。これをIOWNの「オール・フォトニクス・ネットワーク」によって、スタジアムと映像編集拠点があたかも1ヵ所であるかのような環境で業務ができ、それを放送することを可能にしていきたい。リモートプロダクションの発展への挑戦というわけです。
また、映像体験という点では昨今、VRが登場し普及し始めています。スポーツにおいて、このVRは新たな観戦方法としておもしろい体験を提供できるツールになります。例えば、サッカーではゴール脇やベンチ裏にカメラを設置することで、いわゆるグラウンドを俯瞰する映像だけでなく、監督やゴールキーパーの実際の目線を体感できる、というものが創出可能です。ただ、それには非常に高解像度のカメラが必要になっています。4Kが基本で、8Kぐらいの高画質カメラで撮影して初めて、ユーザーは没入感を得られるという具合です。8Kにもなりますとデータ容量も膨大になるので、大容量通信・低遅延という環境が不可欠。そこでIOWNのネットワークを使用すれば、スタジアムの中に8KのVRカメラを複数設置したうえで新たな観戦方法を提供できるのではないかと考えています。
すでに昨年夏に国立競技場で行われたサッカーの試合等でも、8K VRを使った映像体験やリモートプロダクションの実証実験を行いました。
実は、IOWNそのものサービスは2022年3月から始まっています。現在は、先進的な企業のもと、ユースケースや適用性の実証を行う段階になっており、少しずつ商用利用に至るものも生まれています。年末の「東急ジルベスターコンサート」(テレビ東京)も4K非圧縮での生中継においてIOWNを活用していますし、今年度や来年度は2025年大阪関西万博がありますので、大阪や東京だけでなく全国各地に拠点を置いて、その有用性を感じられるネットワークを構築すべく進めているところです。
最後に、IOWNの活用が創出する新たな可能性を4つの観点から説明します。

❶トレーニング 地域ごとで存在する競技人口や指導者数に隔たりを超えて、競技レベルの向上や人口の増加に貢献できうる。また、選手の生体データを活用した高度なトレーニングシミュレーションが将来的に実現できるのではないか。
❷観戦 すでに実現しているもの以上に、超高臨場感の新しい体験が今度できるのではないか。
❸放送 4K非圧縮マルチソースを活用したテレビでの視聴体験も、さらに高度化できるのではないか。また、ファンエンゲージメントにおいても、リアルの会場を複数つないで、プレーやとファンを分散した状態でも一つのイベントやコンテンツ、その場を創造することも可能ではないか。
❹eスポーツ デジタル化した競技としてのメリットを最大限に引き出せるように仕立てられるのではないか。

以上を含めて、今後さらにIOWNによる新しい社会実装を全国へ広げていくことを目指していきます。

Q&A

Q. IOWNのネットワークを最大限に発揮するためには、例えば、私たちが使用しているパソコンまですべてを変えることで初めて実現される、ということになりますか?
A. 目指すべきはそこになります。ただ、エンドのお客様が使用する端末まで変えることはなかなか難しいと考えています。色々なデータを処理するのは、やはりデータセンター側になりますので、そちらを“オール光化”することによって、そのメリットを社会にうまくフィードバックできないかとにらんでいます。
例えば、GPUスーパーコンピュータに関しても、電気を用いているぶん、大量の熱が発生します。空調で冷やす「空冷」方式はかなり限界がきていて、今はもう冷却水を用いた「水冷」方式が進んでいます。熱の課題に対しても、このIOWNの技術を用いることで抑えてしまおう、と考えています。

Q. “オール光化”が実現するのは、いつ頃だと踏んでいますか?
A. 今、我々が目指しているのは2030年。その頃にようやく商用、実用化できるところまで結びつけたいと考えています。そこから大きく変化していくためには、やはりプラス10年はかかるのではないでしょうか。
いわゆる処理や計算をする部分に関しては、どうしても電気を使用する状況は続くと思います。光の粒子で計算する世界は、まだまだ先の話だと。また、一般化するにも引き続き電気で処理する部分は残るでしょうし、その電力消費の課題を解決しながら実用化しようと取り組んでいます。

Q. スポーツの現場におけるリモートプロダクションでは現在、すべて電気でやっているという理解になりますか?
A. 当然、電気もあります。光ファイバーを使って通信を行っていますが、やはり間には電気が入っています。そこでは揺らぎや遅延の発生がある分、それを防ぐ、緩和するために必要な処理を施し、調整するための機器を用いています。それがIOWNによっていずれ、ある程度はなくなる。スタジアム側で運用する機材も減るかたちでのリモートプロダクションを進められるのではないかと考えています。

Q. 衛星通信はIOWNに含まれる?
A. 入りません。基本的には全部、光ファイバーでつなげるものになります。ですから、物理的に光ファイバーを引けないエリアは、やはり衛星通信に頼らざるをえない部分はあると思います。なお、IOWNには、宇宙空間の光通信そのものがスコープに入っております。

Q. リモートプロダクションで必要な放送通信機材の開発も並行して行なっているのでしょうか?
A. 実証実験の際にも、実際に放送局へ機材を提供しているメーカー様と一緒に取り組んでいます。そこでは、実際の運用に耐えられるものになるのか、また接続検証のようなものを一緒にやらせていただき、実績を作っています。
光トランジスタはNTTグループが開発した技術になりますが、それ以外の多くのメーカー様にも加わっていただいております。やはり国内の技術力を高めていかなければなりませんし、グループ内の子会社もありますので、様々な協力をお願いしながら進めています。

Q. スポーツの現場でも遠隔指導の実例が増えていますが、それが普及するにも障壁があると感じますか?
A. 遠隔指導ができたとして、そこから新しい指導方法を作ることがなかなかできていないのかなとは感じるところです。といいますのも、我々はあくまでもネットワークサービスを作ることが専門なので、トレーニング方法の提案はできません。「こういう通信環境を使えば、こんなやり方ができるのではないか」という具体的なメリットを定量的に示すことがなかなか難しいので、そこに大きな壁を感じます。ですが、やはり一緒になって新しい方法を創造していく、そのために一歩を踏み出さないことには、その壁を乗り越えることはできません。とりわけデジタル化が進んでいるeスポーツを皮切りに少しずつ変えていければと思い、進めているところです。

Q. eスポーツではイベントを実施するにしても、一拠点だけでなく複数の拠点でリアルタイムの熱狂を作れる可能性がある。そこでやはりIOWNの出番、と
A. 各地のeスポーツ会場で使われている会場をIOWNでつなぐということは是非やっていきたいと考えています。このネットワークのメリットは、いわゆる信号をそのままダイレクトに届けることにあります。ゲームをするためのサーバーはメインの会場一カ所に置いて、ほかの入力デバイスはそれぞれの拠点に設置すれば、地域をまたいで色んなプレーヤーを集めたイベントや競技が実現可能かと思います。

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