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《2021年度日本スポーツ産業学会・奨励賞受賞論文》スタジアム整備構想におけるステークホルダーの特定と類型化

《2021年度日本スポーツ産業学会・奨励賞受賞論文》
スタジアム整備構想における ステークホルダーの特定と類型化 ─北九州スタジアムのケース・スタディ
舟橋弘晃 │ 中京大学スポーツ科学部 准教授

この度は、2020年度日本スポーツ産業学会 奨励賞を授与して頂き、誠にありがとうございます。研究成果が認められた嬉しさとともに、気の引き締まる思いです。以下に受賞対象となった論文の内容を簡単に解説したいと思います。なお、本研究は、大阪成蹊大学・菅文彦先生、早稲田大学総合研究機構スポーツビジネス研究所・桂田隆行さん、早稲田大学・間野義之先生との共同研究です。研究の実施にあたって協力を賜りました関係各位に、この場を借りてお礼申し上げます。

大規模スポーツ施設建設プロジェクトに不可欠なステークホルダーマネジメント
 「新球技場については、計画段階、設計段階の2度立ち止まって市民の声をよく聴きながら一歩一歩丁寧に進めていきます」
これは、2011年の北九州市長選で再選を目指す北橋健治氏が掲げた選挙マニフェストの内容です。新球技場の整備は市長選の主要争点でした。「新球技場」はギラヴァンツ北九州のホームスタジアム「北九州スタジアム」を指し、「2度立ち止まって」は、「市の公共事業評価を2度受けて」という意味です。サッカースタジアムを(それよりも多様な利用者を彷彿させる)球技場と表現し、事業の必要性について客観的な評価を得ながら慎重に進めるという姿勢が強調されています。
スタジアム整備には高額なライフサイクルコストが伴うため、その意思決定をする際には機会費用(別の選択によって得られていたはずの利益)を認識しなければなりません。また、スタジアムのような大規模集客施設には、騒音・交通渋滞といった負の外部性(周囲の人への悪影響)が問題視されることもあり、反対に、賑わいの創出や新しい興行拠点によって受益を得る者もいます。特に直接的な便益を享受できるのは地元プロスポーツクラブやそのファンであり、「一民間企業の利益に繋がる税金投入は不適切である」との意見が出ることも珍しくありません。このように利害が複雑多岐に渡るため、多様なステークホルダーの合意形成を図りながら慎重に構想を具体化することが求められます。それらの対応がどの程度であれば、整備着手が是認されるのか。この判断をいかに行うかが重要な課題となります。
ただし、全てのステークホルダーを一様に扱うのは得策ではありません。各ステークホルダーは異なる行動原理や影響力を持っているからです。そのような特性や相対的重要度に応じて、折衝戦略を合理的に策定することが求められます。
本研究は、北九州スタジアムの整備構想を事例をとして、本構想が建設決定に至るまでに①どのようなステークホルダーが存在したのか特定し、②各ステークホルダーの特性を分析することを目的としました。

ステークホルダーの顕著性モデルとは?
ステークホルダーを特定・分析するという作業は、それらを操作的に定義すると同義であり、一定の理論的枠組みに依拠する必要があります。既存の理論に基づいて構築された研究のための「青写真」を理論的枠組みと呼びます。本研究では、ステークホルダーの顕著性モデル(以下、顕著性モデル)を理論的枠組みとして採用し、研究を進めました。
顕著性モデルは、英語ではstakeholder salience modelといいます。セイリエンス(salience)は、「突出、目立つ、顕著な特徴」という意味を持っているので、顕著性と訳しています(突出モデルと訳されることもあります)。換言すれば、プロジェクトを進める上で無視できない存在を顕在化させてくれる理論的枠組みです。
顕著性モデルでは、パワー、正当性、緊急性という3つの要素に注目してステークホルダーを特定・分類していきます。パワーとは、スタジアム建設構想に対して、自らの意向を通すために強制的、報酬的、あるいは規範的な手段を行使できることを表します。正当性とは、ある主体のスタジアム建設構想への関与が、規範や価値、信念、定義と照らし合わせて適切だと認知される状況を指します。緊急性とは、ある主体のスタジアム建設構想に対する要求の、早急な対応を求める度合いが高いことです。図1のように、ベン図を描くと、ステークホルダーは7種類に分類されます。パワー、正当性、緊急性の全てを有しているステークホルダーは、「決定的ステークホルダー」と呼ばれ、彼らには最も注意を払う必要があります。他方で、正当性と緊急性は高いものの、パワーが低いステークホルダーは、「依存的なステークホルダー」、パワーはあるものの、正当性も緊急性もないようなものは「休眠しているステークホルダー」と類型されます。

このように、ステークホルダーの特徴や相対的な重要度を整理することで、講じるべき対応方法が明確になります。特に、ステークホルダーの数が多い複雑なプロジェクトを円滑にマネジメントするために有効な分析ツールだといえます。本研究では、パワーを強制的パワー、報酬的パワー、規範的パワー、正当性を実用的正当性、倫理的正当性、認知的正当性に分解し、更なる特性把握に努めました。詳細については、論文を参照ください。

決定的なステークホルダーはJリーグ、市議会、公共事業評価委員会
分析と解釈をするするためのデータは新聞記事(362記事)、市議会会議録(106項)、インタビュー調査(延べ15名)などによって収集しました。解釈の偏りを正すために、複数のデータ源を組み合わせることは重要です。定性的分析を行った結果、17のステークホルダーが特定・類型化されました(表1)。ステークホルダーの中で一番に対応しなければならない「決定的なステークホルダー」は、Jリーグ、市議会、公共事業評価委員会の3主体と判断されました。紙幅の都合上、これら3者を中心に結果を記述します。

Jリーグは、Jリーグクラブライセンス交付規則やスタジアム検査要項によって定められた「基準」という強制的パワーを有し、スタジアムの新設・改修の必要性や目指すべきスタジアム像に影響を与えたステークホルダーでした。市議会は、スタジアム整備着工の判断に決定的な影響を与えるステークホルダーでした。結果的に、市民団体から提出されたスタジアム早期整備着手の陳情が、2013年6月の本会議で採択されたことが市長の建設表明に繋がりました。公共事業評価委員会は、着工判断への影響に加え、一連の検討の手続き的な公正性を高める役割を有する重要なステークホルダーであることが分かりました。
Jリーグ規格のスタジアムの新設ニーズが高まり政策的論点になったのは、ニューウェーブ北九州(現・ギラヴァンツ北九州)のJFLにおける活躍がきっかけでした。しかし、興味深いことに、スタジアム建設を政策的議論の俎上に載せるきっかけを引き起こした当事者であるギラヴァンツ北九州は、行政や市議会の意向に依存せざるを得ない「依存的なステークホルダー」でした。理由を端的に言えば、資金力(報酬的パワー)やファン・顧客基盤(規範的パワー)が小さいからです。
このように、一定の理論的枠組みに則ってステークホルダーを整理していくと、なぜ北橋氏がサッカースタジアムでなく球技場と表現したのか、2度立ち止まるということを強調したのか、その事情を垣間見ることができます。
本研究は事例研究なので一般化を保証するものではありませんが、この知見からいくつかの実践的な示唆を得ることができました。関心のある方は、本論文を一読いただければ幸いです。

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