「スポーツ産業学研究」のこれまで
「スポーツ産業学研究」のこれまで
平田竹男(日本スポーツ産業学会会長 / 早稲田大学教授)×中村好男(日本スポーツ産業学会副理事長 / 早稲田大学教授)
「スポーツ産業学研究」は学会が設立された翌年の1991年に創刊され、35年の歴史を持つ。その創刊号においてスポーツ産業学は「スポーツの発展に資する研究」を対象とすると記されている。そもそも文部科学省の学問分類には経済学、経営学、社会学といった分類がある一方で、今なお産業学という分類はされていない。創刊号から2024年4月までに掲載された論文は計548点に及ぶ。現状においても幅広い研究が蓄積されているが、創刊10周年の2001年に行われた「学会の現状と課題」という座談会において、当時は半分ちかくが「スポーツ工学」に関する論文だったと紹介されている。その一方で、2000年以降はスポーツ工学の論文が減少しており、「スポーツマネジメント」に関する論文が増加している。また最近ではアスリートの心理尺度など「スポーツ社会学」や「ライフスキル」といった社会学に属するような論文が増えている傾向にある。
——スポーツ産業学会は通商産業省がまとめた「スポーツビジョン21」において、スポーツ産業の研究機関設立と、大学研究者の育成の必要性などの提言を受けて誕生した経緯があります。
「スポーツ産業学研究」は当初、どのような研究対象やテーマの論文を主に掲載することを意図されていたのでしょうか?
平田 学会が設立された当時は、かつての「ものづくり大国ニッポン」に象徴されるように製造業は輸出依存型でした。ですが、1ドル=360円から240円、そして180円と為替市場の変化を受けて、内需主導型の産業を作っていく必要が出てきました。「もの」から「サービス」へ、そして、内需型の産業へ転化していきます。その点において、基本的にスポーツ工学の分野はまさに「もの」になります。
学会を設立するに至った当時、「スポーツジャパン」という見本市(BtoBの展示会)が開かれており、その収益を学会の活動経費に充てていただけることになりました。加えて、各スポーツ用品メーカーから論文作成の費用も協力していただいた背景もあり、「スポーツ工学=もの」を対象にした研究論文が非常に多かったわけです。
月日が経ち、大きな変化が2つありました。まずは大学数の増加です。スポーツビジネスやスポーツに関する学科や学部を設立した大学が増え、それに伴い、教授や学部生が生まれて、大学院も設立され、修士や博士が続くというプロセスがありました。今日こちらにお集まりの教授・講師などの方々の中には、このプロセスでスポーツ産業学会をお使い頂いた方も多くおられると思います。
次に、1993年に発足したサッカーのJリーグです。最初は10チームで始まったJリーグは、1999年にJ2が誕生し、全国に展開。やがてサッカーに追随するかたちで、バスケットボールのBリーグ(JBLとBjリーグが合併)、今ではバレーボールやラグビー、卓球など様々な競技でプロリーグが誕生しました。さらにスポーツくじによる助成金の活用で、地域のクラブスポーツが発展していきました。
大学の増加やプロリーグの誕生、そして地域での展開によって、スポーツの現場に携わる方々が増えたわけです。なおかつ、フィットネスクラブや老人介護関係といった「サービス」の分野のウエイト増に伴い、スポーツマネジメントも増えていった。そのように私は考えています。
中村 「スポーツビジョン21」においては、スポーツ関係の市場規模は「スポーツ用品」と「サービス」の2つが記されていました。その総額は、90年代の最後には5兆円ほどに達していたと記憶しています。
最初の10年間は「スポーツ工学」の論文が多かったということですが、振り返ると最も大きなメルクマークとなったのは2003年です。これはびわこ成蹊スポーツ大学が開設された年であり、早稲田大学においても独立した学部としてスポーツ科学部が誕生しました。1993年に順天堂大学でスポーツマネジメント学科が生まれ、1998年には福岡大学にスポーツ科学部が設立されましたが、当時は「これからはスポーツビジネスに注目していかねば」という考えが広まった時代だったわけです。研究者が学生に学問としてスポーツを教える場がたくさんできたことで、必然的に研究分野も広がりました。
——大学の充実はもちろん、プロクラブや地域スポーツ、さらにフィットネスといった「現場」が拡充されたことが背景ということですが、現場からの要請、あるいは現場との連携はいかがでしたか?
平田 学会の創設時から描いていたのは、大学のアカデミーと現場がつながることでした。現場こそがアカデミーであり、同時に大学の中身が現場である、その体系が大事でした。この35年、その軸はしっかりしていたと考えています。
一般研究を色々と拝聴していますと、現場の方々の発表は様々です。そこでこの先は現場の方々が研究しやすいように、5、6個ほどの研究パターンを学会として定義して教えてあげるのも一つの手ではないかと考えています。もしかしたら、それはマニュアル的で画一的な論文になるというリスクも生じるかもしれませんが、現場の方々が相談する相手もなく発表をしていくケースも見受けられます。そうした実情に対して、ブースターというか、はしごをかけるような働きかけを皆様にはお願いしたいところです。
中村 2006年のことですが、本学会の学会誌である「スポーツ産業学研究」には一度危機が訪れました。2000年頃から査読が厳しくなり、編集委員が何人も集まって「これは載せるべきか。載せるべきではないか」と議論するなかでネガティブな指摘が多くなったと私は聞いています。それを打破するために体制を変え、まずは著者をリスペクトすることを一番大きな方針にしました。どうしても筆者と査読者の力関係は後者が強くなってしまうものです。そこで私が編集委員長になり、基本的には筆者に書いていただいた論文は掲載する方向で、次にどうやって掲載するかを考えるようにしました。
今ではハードルも低くなって、研究発表も意欲的にされている状況が見受けられますが、それでも論文の投稿はまたハードルが高いようです。ですから、是非とも皆さんには学会誌に研究論文をたくさん投稿していただきたいと願うところです。
この35年間、学会の2大行事としては「学会大会」(イベント)と「雑誌の発刊」(パブリッシュ)がありました。この2つを連携させていきたいです。さらに、査読の段取りも編集委員会だけではなくて、こうした場で多くの知恵を出し合うことで加速させ、研究の速やかな循環を達成できればと思います。
——「スポーツ産業学研究」の創刊号に記されているように、「スポーツ産業の発展に資する研究」というコンセプトは今後、具体的な手法やアプローチが変化するなかでも揺るがしてはいけないと思われます
中村 普通の学会では、「研究」「発表」「論文投稿」で完結してしまうものです。ですが、私たちスポーツ産業学会は、その次の段階として「実践・実装」というような、スポーツを取り巻く社会全体を変えるような大きな力をどれだけ推し進められるかということもても大事になってくると考えます。
平田会長が常々、「論文のための論文ではない」「論文のための研究ではない」と仰られているように、研究を通して何かしらの事業が実現してこそ、我々の真の存在意義があるのだと思います。
平田 例えばスポーツ産業学の対象やテーマで言うと、eスポーツは現在パイオニア的な分野になります。さらに、アリーナ・スタジアム関連もそうです。都市計画や建築関連の学会でそうした題材の論文は見受けられますが、それはスポーツ産業学とはまた異なります。アリーナやスタジアムが誕生したことで生じた人の動きや、その地域にもたらされた変化、細かい点ではネーミングライツの効果など、それほど論じられることはありません。ですから、その分野は集中的に私たちが引き受けて、拡張していく動きを作ることが大事だと思います。
また一つの提案として頂戴しているのは、冬季の学会大会を一般発表が充実したものに昇格すればどうか、というものです。確かに、夏の時期には研究しづらい競技もあると思います。
スポーツ全体の現状でいえば、eスポーツは圧倒的にどの学会でもカバーされていませんし、スポーツベッティングも同様です。それら未開拓のテーマについてどんどん研究・一般発表して頂き、論文投稿へとつなげるサイクルをつくっていくことが大事だと考えています。
また、「トレーニング」についても期待したいテーマになります。「これだけの有酸素運動をすることで、どれほどの効果があったのか」を述べるだけでも、アスリートそのものに加え、時間、費用もかかるため、研究に取り掛かるハードルが高いです。そこで、アスリート本人が自らの試みを論文化することをもっともっとやってもらいたい。トレーニングとはスポーツの「強化」そのものですが、スポーツ産業として手がつけられないはずもなく、むしろ心臓部だからこそフォーカスできる論文を導き出すことができるでしょう。
学会の成果として、そうしたテーマを扱うことを願っていますし、そのためにも研究の仕方やアプローチを支える取り組みも必要だと思います。
——長年、学会の発展に寄与されてきました両先生から、若手・中堅の研究者の皆様や学会の関係者へのメッセージを最後にお願いします
中村 これまでの学問研究の歴史を紐解くと、従来は当たり前でなかったことが論文として世に出る、もしくは研究として発表されてきたという積み重ねがあって今に至ります。常に新しいことが出てくるわけですが、だからといって新しいものでなければ研究対象にはならない、ということではありません。既存のものであっても、研究対象として違う角度から見ることで新しい芽生えがあるものです。是非とも、一人一人のご経験の中からひらめいたアイディアを大事にして、そこから勇気と自信を持って、研究への一歩を踏み出していただきたいです。
平田 一般発表の機会というものは、研究を始めてから大変な準備を経て、なんとか発表までたどり着き、そこでたくさんの方々にコメントをいただくことで達成感を覚えるものだと思います。是非とも大切にしていただきたいです。
一方で、論文を投稿して、査読された際にはそれまでの自分を全否定されたような心境にもなるでしょう。けれども、その評価やコメントに対しても一つ一つ反論しなければなりません。認めるべき部分は認めつつ、事情や反証を研究者側の意図として伝えることも欠かせません。そうした作業は日常生活では絶対に得られないものですから、学会大会を含めた貴重な場を是非とも利用して、今後の研究に役立てていただきたいと思います。
1991年の創刊に始まり、振り返れば10年単位で大きな流れがありました。皆さんの研究がまた新しい流れを作ることになりますし、次の35年につながる研究になるでしょう。ご活躍を期待しています。



