《2021年度日本スポーツ産業学会・学会賞受賞論文》 “地域の稼ぐ力”を測る「地域付加価値創造分析」 ─自治体のスポーツ事業を「補助・助成」から「投資」に変えよう!
《2021年度日本スポーツ産業学会・学会賞受賞論文》
“地域の稼ぐ力”を測る「地域付加価値創造分析」 ─自治体のスポーツ事業を「補助・助成」から「投資」に変えよう!
横田匡俊│日本体育大学スポーツマネジメント学部
1.想像してください:A市でのできごと
これは架空のエピソードですが、似たようなことが多くの自治体で起きていませんか?
B県A市は、新しい公共スポーツ施設の開業で盛り上がっています。設計はデザイン性が売りのX設計事務所(本社:B県の県庁所在地C市)がコンペで指名され、施工は実績豊富な大手ゼネコンY社(本社:都市部)が落札しました。また、スポーツ施設の管理運営の大手企業Z社(本社:都市部)が、指定管理者として運営を担っています。スポーツ振興や健康増進に加えて、地域経済活性化への期待も高まっており、経済効果は○億円と試算されています。
2.“経済効果”に関する2つの疑問
私は、このエピソードには、「経済効果」に関する重要なポイントが2つあると考えています。
(1)疑問①:“誰”のための経済効果か? この例では、設計、施工、運営に関わったX社、Y社、Z社は、すべて市外の企業です。ということは、A市が支払った委託費や指定管理料は、中核市や都市部に住む従業員の給料の一部となり、またその従業員が納める住民税、企業が納める法人税なども、B県やC市、都市部の自治体に落ちています。もちろん、建設に関する業務の一部をA市の企業に下請けに出したり、運営スタッフを現地で雇用することもありますが、税金から整備費、運営費を支出したA市と市民にとって、どの程度の経済的な恩恵があったのかは定かではありません。むしろ、多くのお金が市外に流れているようにも見えます。
(2)疑問②:“実感”が伴っているか?
一般的に「経済効果」といった場合、多くは産業連関分析を用いています。産業連関分析によって計算された経済効果は、直接的な需要の増加(直接効果)に加えて、需要増加に伴う生産波及と所得増加に伴う消費効果が含まれています。もし、経済効果の数字を見て「実感が沸かない」と感じる人がいるとすれば、経済効果の中に波及的な効果が含まれていることいることで、事業のキャッシュフローが見えにくくなっていることが原因かもしれません。
3.地域の“稼ぐ力”を測る「地域付加価値創造分析」
このような疑問を解消するために、次のようなことを考えました。
①事業によって地域内に新たに発生したキャッシュをシンプルに計算すれば良いのではないか
②その金額と自治体が投入したお金を比較すれば、投資効果を検証できるのではないか
そこで導入した分析方法が、「地域付加価値創造分析」です。この分析は、主にドイツにおいて、再生可能エネルギーの開発が地域にどの程度の経済効果を生むかを評価する手法として活用されています。地域付加価値創造分析では、地域にもたらされる経済的な付加価値は、生産によって地域内に「新たに創出された購買能力」と表されており、売上から中間投入を除いた額、つまり「雇用者の可処分所得」、「事業者の税引後利益」、「地方税収」の3つの合計として定義されています。
可処分所得が増えれば、住民は好きなものを買うことができます。事業者の利益が増えれば、その事業者は事業を拡大したり、人を雇うこともできるでしょう。税収が増えれば、自治体は地域課題の解決に予算を使うことができます。これがまさに「地域の購買能力」です。 日本でも京都大学の研究グループが、地域付加価値創造分析の研究を行っており、環境・エネルギー分野で知見を蓄積していますが、スポーツの分野では、これまでまったく研究が行われていませんでした。
4.長野県東御市の事例
私たちは、長野県東御市の協力を得て、スポーツ施設の整備・運営を対象として地域付加価値創造分析を行いました。その結果をまとめた論文を「スポーツ施設の整備及び運営に伴う経済効果の検証:スポーツ関連事業への地域付加価値創造分析の適用」というタイトルで、スポーツ産業学研究で発表させていただきましたので、その概略を紹介させていただきます。
(1)分析対象
長野県東御市は、湯の丸高原に高地トレーニング拠点「GMOアスリーツパーク湯の丸」を整備し、スポーツツーリズムを推進しています。GMOアスリーツパーク湯の丸は、標高1,735mの高地に日本唯一の高地トレーニング用屋内プール、国内最高地点の全天候型400mトラックがあり、スポーツ合宿者向けの宿泊施設やアスリートに食事を提供するレストランがエリア内に整備されています。また、高地にありながら、東京から3時間とアクセスも良く、競泳や陸上の多くのトップアスリートが合宿を行っています。 私たちの研究では、調査時点(2019年11月)で稼働しているエリア内のすべての施設を対象に分析を行いました。具体的には、市から事業者に発注された各施設の整備(測量,設計、施工監理、施工)に関する9事業、各施設の運営に関する3事業及び民間事業であるアスリート食堂の合計13事業です。
(2)分析結果
分析は、直近1年間の運営実績が同水準で継続することを前提として、2028年までの概ね10年間の運営を想定して行いました。 その結果、13事業から生じる経済的な付加価値(以下、経済付加価値)は、約14億円と推計されました。また、この14億円のうち、市内で発生した経済付加価値(以下、地域経済付加価値)は5億円、市外で発生した経済付加価値(以下、地域外経済付加価値)は9億円であることもわかりました。 施設別にみると、事業規模の大きいプールから生じた経済付加価値が最も大きくなっています(約6.8億円)。ところが、“地域”経済付加価値は、高原荘とアスリート食堂がいずれも2億円弱であるのに対して、プールは約0.07億円にとどまりました。
なぜ、このようなことが起るのでしょうか?理由は簡単です。プールは、設計や施工、運営を市外の企業が受託しています。また、施工については、下請企業も多くが市外の企業でした。一方、高原荘やアスリート食堂は、市内の企業が事業主体として多くの業務を担っています。このことから、経済付加価値全体は事業規模に応じて大きくなるものの、地域内の企業や従業員の関与が少ない場合は、経済付加価値の多くが地域外で発生するため、地域経済への貢献は限定的であることがわかります。
5.地域付加価値創造分析の活用について
事業に伴う業務を地域に内製化すれば、地域経済循環がおきて経済的な効果が高まる。これは、ある意味では当たり前のことです。しかし、そのキャッシュフローを可視化したことによって、次のような活用可能性が見えてきます。
(1)投資効果を検証する
地域付加価値創造分析の活用方法として、「投資効果」の検証が考えられます。東御市では、事業費に地方創生交付金、ふるさと納税、ネーミングライツ収入などを活用しており、市の一般財源からの支出は約7億円でした。市の7億円の投資によって、14億円の経済付加価値を生み出し、市内へのリターンはそのうち5億円だったということになります。この5億円が多いか少ないかは、さらにデータを蓄積し、事業規模や事業形態が異なる事業と比較することが必要でしょう。
東御市の事例からは、2つのポイントが挙げられます。一つは、「外部調達」です。国内唯一の高地トレーニング用屋内プールというオンリーワンの価値によって、トップアスリートや日本代表が頻繁に合宿を行い、メディアにも取り上げられています。このことによって、多くの外部資金の調達が可能となり、投資効果を高めています。
もう一つは、「民間需要の喚起」です。アスリート食堂は、市内企業による民間事業です。市がプールや宿泊施設を整備したことで、多くのトップアスリートが合宿を行うようになり、栄養学に基づいた食事の提供という需要が生まれ、民間企業が参入しました。民間事業なので、市の投資は「ゼロ」円です。このように周辺に民間のビジネスを誘発するような投資は、投資効果の観点からは非常に効果的であると言えるでしょう。
(2)投資戦略や事業改善に活かす ただ、投資効果について多くを語るには、もう少しデータの蓄積が必要です。現時点での最も有用な活用方法は、「投資戦略」や「事業改善」であると考えています。地域付加価値創造分析は、例えば、プールの運営に従事する市外在住の従業員2人が市内在住者に変わったと仮定して、地域内で増加する経済付加価値を具体的な金額として示すことができます。その増加分を下回る範囲の助成金・補助金を使って人材育成を行ったり、将来的に運営を担う市内組織を育成すれば、支出した助成金・補助金以上のリターンを(キャッシュとして)生み出すことが予め想定できます。これは、補助・助成ではなく、立派な、しかも確実な「投資」です。また、この例では、市外企業が運営したままだと、事業期間終了後は地域に何も残りませんが、投資によって事業期間中に人や組織を育成すれば、その資産が地域に残ることにもつながります。
先ほど、「地域内の企業や従業員の関与が少ない場合は、経済付加価値の多くが地域外で発生するため、地域経済への貢献は限定的である」と述べました。現実的には、小規模自治体では、すべてを地域内に内製化することは不可能です。設計や施工といった専門性の高い業務は、市外に発注することが多くなるでしょう。しかし、運営を中長期的に考えて事業を見直すことで、いったん施設等を整備してしまった後でも、地域への経済的な貢献を高めることができるのです。このように、地域経済付加価値分析は、事業レベルの投資戦略や改善に活用が可能なのです。
6.まとめ:自治体のスポーツ事業に「投資」の観点を
これからの人口減少社会では、自治体の財政が飛躍的に良くなることはありません。限られた予算を効率的・効果的に使い地域を活性化するためには、補助や助成ではなく「投資」の観点が求められます。もちろん、スポーツの価値は経済的価値だけではありません。しかし、経済的価値から目を背けずに、まずはシンプルに測ってみようというのがこの研究の意図するところです。それをやらずに無形の価値を訴えるだけでは、自治体の財政状況が厳しさを増す中、スポーツが「投資」の対象から外れていく可能性があると考えるからです。
今後は、さらに研究を進めてデータを蓄積し、多くの自治体で事業改善、投資判断に使えるような簡易なモデルを開発したいと考えています。
▶横田匡俊,他;スポーツ施設の整備及び運営に伴う経済効果の検証:スポーツ関連事業への地域付加価値創造分析の適用,スポーツ産業学研究Vol.30,No.4,pp.357-367,2020.