障がい者雇用の新たな可能性 特例子会社の職域拡大の実践
障がい者雇用の新たな可能性 特例子会社の職域拡大の実践
早稲田大学スポーツ産業研究所 松下尚道
障がい者雇用の現場では、合理的配慮や適切な雇用管理だけでなく、キャリア形成や能力開発への期待が高まっている。特例子会社の成功事例を見ると、単純作業にとどまらず、企業の本業に関わる業務を担うことで、付加価値の高い仕事へと発展し、従業員の意欲向上や企業の成長につながっている。本稿では、特例子会社・富士ソフト企画株式会社の職域拡大事例を紹介する。
障がい者雇用の課題と可能性
日本における障がい者雇用は、法定雇用率の設定や合理的配慮の提供など、法制度の整備が進められてきた。しかし、障がい者の就労環境を考えると、依然として単純作業に従事するケースが多く、スキル向上やキャリア形成の機会が限られていることが課題となっている。
近年の調査では、精神障がいのある人の多くが「より多様な仕事に挑戦したい」「仕事に関する教育や訓練の機会を増やしたい」といった希望を持っていることが明らかになっている。1)また、特例子会社で働く障がい者を対象とした調査では、「自分の仕事がどのように役立ったのかを知ること」で仕事への満足度が向上し、離職意向が低下する傾向が見られた。2)これは、障がい者雇用の現場においても、スキル向上やキャリア形成の機会が重要であることを示している。
特例子会社は、障がい者が安定して働くための環境を提供する一方で、業務内容が単純作業に偏ることが多いという課題がある。しかし、一部の特例子会社では、企業の本業に関連する業務へのシフトや、新たな事業の開拓に成功し、障がい者のスキル向上と企業の競争力強化を同時に実現している。
悪循環を抜け出す事業拡大のケース
楽天ソシオビジネス(株)は、楽天(株)の特例子会社として設立され、当初は多くの特例子会社と同様に、軽作業中心の業務を行っていた。しかし、設立当初、以下のような悪循環が存在していた。
→障がい者の労働力に期待していない
→そのため人材が育たない
→会社が成長しない
→給与が低い
→社員のやる気が低下
→さらに人材が育たない
この悪循環を断ち切るため、楽天ソシオビジネスは「仕事を創り出す」ことに注力し、設立からわずか3年で単月黒字を達成。特例子会社として独立採算制を確立した。この成功の鍵となったのは、障がい者従業員が単純作業にとどまらず、企業の本業に関わる業務を担当する機会を増やしたことにある。
データ入力業務を単なる作業として行うのではなく、システム開発やデータ分析といった高度な業務へと発展させたことにより、障がい者従業員のスキル向上が進み、企業の成長と従業員の満足度向上の両立が実現した。3)
富士ソフト企画の空手大会運営における事業拡大とデジタル化の進展
富士ソフト企画(株)は富士ソフト(株)グループの特例子会社として設立され、障がい者雇用の促進と業務の効率化を両立するビジネスモデルを確立している。同社は、20年以上にわたり空手大会の運営支援を行い、業務のデジタル化を推進することで、特例子会社としての枠を超えた成長を遂げた。
(1) 初期段階:紙ベースの手作業
平成16年、空手アカデミー拳勝館との取引を開始。道場生だった役員のつながりから、大会トーナメント作成とパンフレット作成業務を受注。トーナメント作成は手作業で名簿をコピーして切り貼りする方法を採用。PCは不使用。
その後、神奈川県空手道連盟主催の大会運営を受注。国体予選を兼ねた大会であり、シード選手の対応が必要となり、トーナメント作成の難易度が増す。
参加者数2,000人を超える大会も運営したが、名前の不記載やトーナメント作成のミスが発生し続けた。
(2) デジタル化の導入
平成20年、システム開発が可能なメンバーをチーム長に配置し、業務のデータ化を開始。名簿の集計をデータベース化し、PCを活用したトーナメント作成に移行。結果としてミスが大幅に減少。業務領域を拡大し、挨拶状の作成や発送業務も受注。
(3) 職域の拡大
平成22年、空手の流派である和道流空手道連盟との取引を開始。大会トーナメントの作成に加え、HP作成、名刺デザイン・印刷などの業務を受注。広報支援やデザイン業務までカバーする事業へと進化。
本格的なシステム開発と
大会運営の効率化
(1) デジタル化による運営の一元管理
平成25年、神奈川県空手道連盟にて
大会当日に活用されていなかった大会冊子情報の活用策として表彰状印刷システムを開発。さらに、和道流空手道連盟では、試合結果をリアルタイムで入力可能な結果入力システム(スタンドアロン)を開発。これにより、パソコン一台で試合結果の即時反映が可能となり、表彰状印刷システムと並行することで係員の負担軽減が可能となった。
(2) 会員データ管理と大会エントリーのデジタル化
平成26年、会員データベースと会員証発行システムを導入。バーコード付き会員証を活用し、選手管理の効率化を実現。
平成28年、神奈川県空手道連盟のデータベースを利用し、以下の機能を統合した大会運営システムを開発。
・会員登録
・Web大会エントリー
・大会会場での入場記録管理
・選手のコート招集管理
・トーナメント勝ち上がりのリアルタイム入力
・表彰状の自動発行
・結果記録の一覧作成
(3)ネットワーク化と業務効率化
令和6年現在、スプレッドシートを導入し、会員データベースと大会運営システムをネットワーク化。名前ミスの解消はもちろん、リアルタイムでの情報共有を実現し、大会運営の精度とスピードを向上。
(4)競争力の向上と独自性の確立
かつては大会運営の補助的な役割にとどまっていたが、現在ではシステム開発を伴う業務が主体となっている。これにより、特例子会社としての存在意義を超え、独立した競争力を持つ企業へと成長。クライアントからの信頼を獲得し、(一社)東京都空手道連盟の大会運営など、新たな案件の獲得や長期的な取引の継続につながっている。
デジタル技術による職域拡大
(1) デジタル技術の活用
システム開発により、運営の全プロセスをデータ化することで、スムーズな管理体制を確立。
(2) 業務の多角化
トーナメント作成業務から広報・デザイン業務まで展開し、安定した事業基盤を構築。新規業務を開拓することで、従業員のスキル向上とモチベーション向上に寄与。
(3) 障がい者の能力開発と職域拡大
システム開発やデータ処理といった高度な業務を担うことで、障がい者のスキル向上を促進。付加価値の高い仕事を創出。
特例子会社の成長可能性
富士ソフト企画は、単純作業にとどまらず、業務のデジタル化と多角化を推進することで、大きな成長を遂げた。特に、空手大会運営の一元管理システムの開発を通じて、業務の高度化と障がい者の能力開発を実現した点は注目に値する。
また、単なるバックオフィス業務にとどまらず、運営システムの構築やITを活用した業務プロセスの改革に取り組んだことで、企業としての独自性を確立。特例子会社としての枠を超え、持続的な成長を可能とするビジネスモデルを確立した。
この事例は、特例子会社における持続的な事業成長のモデルケースとして、他の企業にも示唆を与える。今後も、障がい者雇用の枠を超え、企業の競争力を高める新たなビジネスモデルが求められるだろう。
参考文献: 富士ソフト企画株式会社
https://www.fsk-inc.co.jp
1)眞保智子.精神障害者就労の現状と課題―求められる能力開発による活躍促進―2023
2)福間隆康.職務特性が離職意思に及ぼす影響における職務満足の媒介効果―特例子会社の障がい者を対象とした定量分析―2020 3)川島薫.障がい者の能力を戦力にする新しいカタチの「特例子会社」中央公論社2018