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2023年度日本スポーツ産業学会・学会賞受賞論文・スポーツ産業の市場規模を どのように考えるべきか? -スポーツ産業分析用産業連関表の作成-

2023年度日本スポーツ産業学会・学会賞受賞論文
スポーツ産業の市場規模をどのように考えるべきか?
−スポーツ産業分析用産業連関表の作成−
釧路公立大学経済学部教授 川島啓

1.スポーツ産業のGDP

「産業」とは一般的に、同じような経済活動を営む事業者の集合に対する分類のことをいいます。ところが、現実の企業が手掛ける事業は単一の経済活動とは限りません。同一の企業において、製造業としてモノを作る事業部があれば、デジタルソリューションによって顧客サービスを展開している事業部を有している場合もあるでしょう。こうした場合、経済統計では産業分類で定義される経済活動別に企業の事業費や売上等を按分し、経済活動毎に集計して、当該産業の市場規模などが算出されます。

しかし、ここでいう「産業」とは、国際標準産業分類(ISIC)や日本標準産業分類(JSIC)で定義されている、それなりに活動内容が社会的に認知され、継続的に業を営んでいる経済活動になります。翻って、「スポーツ産業」とは一体どのような経済活動の集合なのでしょうか。経済統計で把握可能なものは、運動用品やゴルフ場などのスポーツ施設提供業、競輪・競馬などの公営競技などごく一部の経済活動に限られます。体育関係者やスポーツビジネスに関わる人々の認識とは別に、「スポーツ産業」というものの実態を定義して共有できるものはこれまで何もなかったのです。

このような問題意識から、日本政策投資銀行と同志社大学が「日本版スポーツサテライトアカウント(JSSA)」を開発し、2019年から毎年公表しています。JSSAでは、欧州におけるスポーツサテライトアカウントで採用されている「ヴィルニュス定義」により、品目レベルでスポーツ産業に該当する財・サービスが既存の産業分類のどこに含まれるか特定し、売上額などを積み上げて把握できない場合には、どれくらいの売上シェアを占めているのかについて様々な方法で推計し、スポーツに関係する財・サービスが含まれる産業部門の付加価値額の合計を「スポーツGDP」として計算しています。

なぜ付加価値額で表現するかというと、スポーツ産業全体のバリューチェンをみたときにB to Bで取引されるものについては売上で集計するとそれぞれの産業でダブルカウントしてしまうからです。また、公営競技などは単純に売上で計算すると払戻金を控除しないために過剰な金額を積み上げることにもなります。

このように計算した結果、2020年のスポーツGDPは約8.7兆円と推計されました。8.7兆円という金額は、コロナ禍で影響を受けたとはいえ、日本における電気事業全体の付加価値額に匹敵する規模ですからけして少なくありません。日本のGDPに占めるスポーツ産業の割合は1.6%であり、欧州の国々が2%〜3%の水準にあることを踏まえると、まだまだ伸びしろのある産業として認識されることにJSSAは貢献したと言えます。また、JSSAの重要な役割はスポーツGDPの推計を通じて我が国のスポーツ産業の定義をアップデートし続けていることです。最初のバージョンでは取り込まれていなかったスポーツの経済活動の範囲を見直し、既存の産業から抽出する作業を継続しています。

2.スポーツ産業分析用産業連関表について

スポーツGDPは、スポーツ活動が結果的にどの程度GDPの創出に結びついているかを示しています。他方、スポーツ関係者がよりイメージしやすい「市場規模」という捉え方でスポーツ産業の大きさを示そうとするならば、付加価値額よりも消費額や投資額、輸出額、輸入額といった最終需要がいくらなのかという数字の方が直感的に分かりやすいと考えられます。なぜならば、スポーツ活動が活発になれば、関連消費が増え、施設建設などのニーズが高まって投資額が増え、これらの最終需要の増加が結果としてスポーツ関連産業のGDPを押し上げることになります。このような経済循環構造を理解する上でも、スポーツ産業の最終需要を明らかにすることは重要なことといえます。

そこで、スポーツ産業を最終需要から捉えるために、JSSAのデータセットを活用してスポーツ産業分析用産業連関表を開発しました。対象としたスポーツ産業は表1に示す通りです。

考え方としては、国の経済活動を「スポーツ産業」とそれ以外の「非スポーツ産業」に大別します(図1)。スポーツ産業は、非スポーツ産業からの財・サービスとスポーツ産業自身の財・サービスの投入を経て生産活動を行います。一方、非スポーツ産業にはスポーツ産業からの投入はありません。これは、上述のヴィルニュス定義に従うとスポーツコンテンツの配信事業などもスポーツ産業に含まれるからです。

スポーツ産業分析用産業連関表はJSSAのデータセットを活用し、元の産業連関表に対して販売比率などの一定の仮定を置くことで数学的に計算して作成されています。詳細は方法論は省略しますが、このように計算した結果、スポーツ産業の経済循環構造を図2のように示すことができます。

計算の結果、2018年における我が国のスポーツ産業の市場規模(総供給)は、国内における産出額(約11兆円)と輸入(約1兆円)からなる12兆円と計算されました。これらは国内の最終需要としてスポーツ関連消費に約8.8兆円、スポーツ関連投資に約0.9兆円と回り、海外の需要、つまり輸出に0.6兆円、B to Bなどの中間需要に約2兆円回ることになります。このうち、中間需要はスポーツ産業自身の中間投入となり、非スポーツ産業からの投入が2.3兆円あり、粗付加価値として7兆円が加わり、国内の産出額を形成します。このようなスポーツ産業の経済循環構造を初めて明らかにしたことがスポーツ産業分析用産業連関表の役割といえます。

3.スポーツ産業発展の鍵

ここで注目していただきたいのが、スポーツ関連消費8.8兆円と粗付加価値7兆円の関係であり、消費の方が付加価値よりも大きくなっています。英国における先行研究と比較すると、この関係は逆になっていて消費よりも付加価値の方が大きくなっています(Themis,2015)。つまり、日本の場合はスポーツ関連の市場規模の大きさが付加価値の創出に結びついていないことになります。これはスポーツ活動に伴う支出が個別の支出行為にとどまり、組織化、サービス化されていないために付加価値を生み出していないことを意味しています。

スポーツは健康増進、コミュニティづくりなど広く社会的な価値を有しています。スポーツ参加の公共性を鑑みれば、民間非営利の組織がスポーツ参加に伴う幅広い支出を対象にキャッシュ・ポイントとするコミュニティビジネスを作り、運営することが付加価値創造に向けたひとつの鍵となるでしょう。スポーツ産業の発展のためには、単なる消費で終わらせてしまうのではなく、例えばスポーツ支援人材の育成など、地域における再投資を可能とするような新たなスポーツビジネスの創出が求められているといえます。

参考文献

Themis Kokolakakis; The Sport Industry Research Centre (SRIC); UK Sport Satellite Account, 2011 and 2012. Department for Culture, Media and Sport, UK, 2015.

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