スタジアム・アリーナの 経済効果推定を紐解く:産業連関分析

スタジアム・アリーナの経済効果推定を紐解く:産業連関分析
中京大学スポーツ科学部 舟橋弘晃

新しいスタジアムやアリーナが地域に与える経済効果は、しばしば数百億円単位で報じられます。本稿では、その推計方法である産業連関分析の仕組みを解説し、推計結果の解釈における注意点を詳述します。さらに、経済効果をより正確に評価するための、試算の前提や方法論を見直す際に役立つ基本的なチェックリストも提示します。

1. 経済効果の喧伝

スタジアムやアリーナの建設計画では、その「経済効果」がしばしばメディアで注目されます。例えば、広島市のエディオンピースウイング広島の場合、広島県内への経済波及効果として、建設投資による約 460 億円と開業後 20 年間の約 6,300 億円を合わせ、総額約 6,760 億円が見込まれると報じられています。このような試算結果は、地域が経済的に潤い、活気づくイメージを喚起し、政策決定にも活用されます。

これらの数値はどのように計算されているのでしょうか。経済効果の試算方法とその解釈について、我々スポーツ産業学会の会員は十分に理解する必要があるでしょう。特に、スタジアム・アリーナ改革が国策として推進されている現状を踏まえると、この理解の重要性は一層高まっているといえます。本稿では、産業連関表を用いた経済効果推計の方法論と留意点を解説します。各地の施設整備構想を支援している先生方も多いかと思います。この内容が、皆様の活動に役立てば幸いです。

2. 産業連関表を用いた経済効果推定

新聞やニュースの見出しでよく見かける「○○の経済効果は●●億円」という数字の多くは、産業連関表を用いて算出されています。産業連関表とは、産業間の取引関係を示す「(産業連関)取引基本表」のことです(表1)。この表は、各産業がどの産業から原材料を購入(投入)し、どの産業に財・サービスを販売(産出)したのかを一覧にまとめたものです。そのため、投入・産出表とも呼ばれ、各地で5年ごとに更新されます。以下では、説明を簡略化するために、「娯楽サービス」と「(その他の)対事業所サービス」という2つの産業のみが存在する地域を仮定して解説します。

取引基本表を縦(列)方向に見ると、各産業の原材料の購入元、つまり投入の内訳がわかります。娯楽サービス部門の例では、自部門から20(例:プロスポーツクラブによるスタジアム利用)、対事業所サービス部門から40(例:イベント警備の発注)を購入し、それらを用いて200で販売することで40の付加価値(粗利)を得ています。中間投入とは、産業が生産活動を行うために原材料などを買い入れることを意味します。

一方、横(行)方向では、各産業の生産物の販売先、つまり産出の内訳がわかります。中間需要は生産のための原材料等の需要を、最終需要は最終的に消費される財・サービスの需要を表します。例えば、表1では、娯楽サービス部門が生産した100のサービスのうち、20が自部門に(例:プロスポーツクラブにスタジアム利用枠を販売)、80が最終需要に(例:家計に観戦チケットを販売)販売されています。

ここで、中間投入と生産額との関係性に注目しましょう。娯楽サービス部門による自部門からの中間投入20を生産額100で割ると、娯楽サービス生産を1増加させるためには原材料として0.2の娯楽サービスが必要であることがわかります。同様に、0.4の対事業所サービスも必要です。このように、ある産業で財・サービスを1単位生産するのに必要な、各産業からの投入比率をまとめたものが投入係数表です(表2)。投入係数を活用することで、ある産業に生じた需要が、各産業の需要をどの程度喚起するかという波及効果を把握することができます。

新スタジアムの開場によって、地域外からの来訪者による新たな試合観戦(娯楽サービス)需要が1生まれると仮定します注1。投入係数を確認すると、この1の娯楽サービスを生産するためには、中間投入として0.2(=1×0.2)の娯楽サービスと0.4(=1×0.4)の対事業所サービスが必要です。誘発された0.2の娯楽サービスを生産するためには、さらに0.04(=0.2×0.2)の娯楽サービスと0.08(=0.2×0.4)の対事業所サービスが必要になります。同様に対事業所サービスにも追加的な需要が発生します。このような連鎖的な生産波及は理論上無限に続きます。

ここで、「投入係数=中間投入÷生産額」であることから、「中間投入=投入係数×生産額」であることに着目します。中間需要と最終需要を合計した最終的な生産額の増加分を、娯楽サービス部門はE、対事業所サービス部門はBと表すと、取引基本表と同じ形式で表3のように表すことができます。このシンプルな事例の波及効果は連立方程式で計算できます。

娯楽サービス 0.2E+0B+1=E
対事業所サービス 0.4E+0.5B+0=B

この連立方程式を解くと、Eは1.25、Bは1です。すなわち娯楽サービス1の需要増加に対して、娯楽サービス部門には1.25、対事業所サービスには1という波及効果が生じることがわかります注2。これらを合計した2.25が、いわゆる「経済効果」です。この額は、投入係数による生産波及をゼロに収束するまで繰り返し計算した額の総和と一致します。当初の1の生産が、2.25倍の生産を生み出したことになり、1を「直接効果」、誘発された1.25を「第1次間接効果」といいます。

実際の経済効果の推計にはもう少し複雑な計算が含まれます。具体的には、生産増加がもたらす所得の変化を算出し、その所得増加のうち消費に回される部分が引き起こす新たな生産増加を含めることで「第2次間接効果」と呼ばれる効果が加わります。


注1 地域内の自給率は100%を想定しています。
注2 この1.25や1という値は、ある産業に1単位の需要が生じると、各産業の生産額が最終的にどれくらいになるのかを示す係数であり、逆行列係数と呼ばれます。

3. 実際の経済効果推計

経済効果推計の具体例として、一般社団法人秋田同友会が2017年に公開した、秋田県における新スタジアムの経済効果推計を見てみましょう(表4)。この報告書は試算の前提が詳細に公開されており、計算過程の再現が可能です。新スタジアムの経済効果は、通常、建設投資と運営に伴う消費支出の二つの側面から試算されます。ここでは紙幅の制約上、建設投資の経済効果に焦点を当てて説明します。

まず、新スタジアム建設に対する投資額は110.0億円と想定されています。この金額を産業連関表の建設部門への需要として割り当てます。建設部門の県内自給率が100%であるため、直接効果も110.0億円となります。

次に、この建設需要の増加によって県内の各産業に誘発される生産、すなわち「第1次間接効果」を計算します。直接効果110億円に逆行列係数(の列和)1.3176を乗じると、総波及効果144.9億円が得られます。これは、建設需要の増加によって県内の各産業に34.9億円の追加生産が誘発されたことを意味します。つまり、この34.9億円が第1次間接効果となります。

続いて、直接効果と第1次間接効果の合計144.9億円から生じる雇用者所得47.2億円を算出します。このうち約62.8%(平成28年家計調査による消費転換率)が県内の消費支出に回ると想定し、29.6億円と計算されます。この消費増加は、家計調査のデータを用いた消費パターンに基づいて各産業に配分されます。各産業の県内自給率を考慮した後、第2次の県内需要増加額19.5億円として波及効果を逐次計算し、「第2次間接効果」25.1億円が算出されます。

これらを合計すると、約170億円という経済効果が試算されます。一見複雑に見えるこの計算は、秋田県の産業連関表「経済波及効果分析ツール」(平成17年)に、建設投資額110億円と消費転換率62.8%を入力するだけで、誰でも簡単に再現できます。

スタジアム運営時の需要増加についても同様の手法で計算を行います。具体的には、年間12.5万人の来訪者のスタジアム内外での支出や興行主による施設利用費などを基に経済効果を算出します。これにより、スタジアム建設・運営の総合的な経済効果が導き出されます。結果として、「スタジアム建設により170億円、運営で年間20億円の経済効果」という試算結果が得られ、これがメディアなどで報道される数字となります。なお、施設の耐用年数を考慮して、運営効果を20〜30年分試算する例もあります。

4. 本当に「効果」を見積もっているのか

これまでの説明から明らかなように、産業連関表を用いた経済効果の推計において最も重要なのは、スタジアムの建設や運営によって生じる「新たな需要」をいかに正確に見積もるかという点です。この需要の設定精度が、推計結果の信頼性を大きく左右します。ここで重要な原則は、施設がなければ発生しなかった(であろう)地域の新たな経済的利益を測定することです。つまり「効果」は、スタジアムが建設された場合と建設されなかった場合の地域経済への影響の差分として捉える必要があるのです。

この観点から見ると、先の例の試算には重要な問題点があります。まず、建設投資については、スタジアム建設がなくても、110億円の一部は地域内の他の事業に投資されたと考えられます。したがって、全額を「新たな需要」として計上するのは過大評価といえます。次に、支出の代替効果が考慮されていない点も問題です。年間12.5万人の来訪者のうち、多くを占める県内住民の消費は、県内の他サービスからの振替であると推測されます。例えば、私たち消費者は、スタジアムでのスポーツ観戦や飲食に1万円使った場合、他の県内サービスへの支出をほぼ同額抑える可能性があります。これは単に支出先が移動しただけであり、消費額の純増とは言えません。このような過大評価を避けるためには、県外からの観戦を目的とした純来訪者(incremental visitors)による追加需要のみを計上すべきです。これが、スタジアム建設がなければ発生しなかったであろう新規の経済活動のみを「効果」として捉える考え方です。

5. スタジアム・アリーナの経済効果レポートのチェックリスト

おわりに、読者の皆様がスタジアムやアリーナの経済効果についての報道やレポートを目にした際に、確認すべきポイントをいくつか挙げておきます。

まず、情報の出所を確認し、試算の前提条件が明確に公開されているかをチェックしてください。透明性が確保されていれば、他者が試算を再現しやすくなり、誤りを指摘したり、より正確な推計や建設的な議論を行ったりすることが可能です。

建設投資の評価では、公的資金の扱いに注意が必要です。政府がスポーツ施設建設に資金を投じなければ、その資金は他のより効果的なプロジェクトに使われた可能性があります。こうした代替効果を考慮し、「スタジアム・アリーナ」建設による需要の純増分が適切に算定されているかを確認することが大切です。過大評価を避けるには、民間資金のみを計上するのが望ましいでしょう。

観戦者の支出についても同様の視点が求められます。特に、新スタジアムによる地元住民の観戦消費は、地域内での支出の移動にすぎない場合が多く、経済活動の純増加とはなりません。そのため、こうした支出は分析から除外することが検討されるべきです。また、地域外からの観客についても、別の時期にその地域を訪れる予定だったが試合観戦のためにこの時期に来た訪問者(time switchers)の消費は、タイミングのシフトに過ぎないので試算に含めるべきではありません。主として試合観戦以外の目的で地域を訪れたもの(casual visitors)の消費全額を試算に含めることも適切ではないでしょう。

また、二重計上にも十分な注意が必要です。例えば、観客のチケット収入と興行主のスタジアム利用料を同時に計上すると、同じ資金を重複して評価することになります。これは、チケット収入が、クラブによってスタジアム利用料として再支出されるためです。このような場合、観客のチケット代か興行主の施設利用料のどちらか一方のみを計上するのが適切です。二重計上を回避するための方法がレポートに明記されているかも確認してください。

新スタジアム効果についても考慮が必要です。新しいスタジアムが開場すると、一時的に来場者が増加する「ハネムーン期間」があります。しかし、この効果はスポーツ経済学の研究によれば、5〜10年程度で終息します。その後の来場者数減少を見越して、この特別な期間を評価に反映させた方が正確な試算になるでしょう。

以上は、あくまで基本的なチェックリストです。さらに詳しく評価を行う際はWassmerら(2016)のリストなどを参考にすることをお勧めします。表5が示すように、多くの経済効果試算は、これらの要素を十分に考慮しておらず、効果が過大評価される傾向があります注3。この背景には、プロジェクトの認可を得やすくするインセンティブが働いていることが考えられます。楽観的な試算をもとに「大きな経済効果がある」と主張することは、客観的な政策評価と呼べるのでしょうか。スポーツ産業に関わる研究者や実務者は、こうした数字を鵜呑みにするのではなく、試算の前提や方法論を慎重に吟味する必要があります。これは、限られた公共資源を効果的に活用するために、我々に求められる重要な姿勢といえるでしょう。


注3 実際には、過小評価されている要素もありますが、それらの影響は比較的小さいと考えられるため、本稿では詳細に触れません。また、無形の効果については、本稿で取り上げる主題の範囲を超えるため、考察の対象外としています。

参考文献

秋田経済同友会 (2017). 複合型・可動式屋根付きで街ににぎわい:マルチに、冬でも使えるスタジアムを秋田に!多機能複合型・全天候対応可動式屋根付きスタジアムを求める提言.

沖縄市(2016). (仮称)沖縄市多目的アリーナ施設等整備全体計画調査業務報告書(その①).

静岡市(2023). 令和5年度企ア委第2号静岡市アリーナ整備調査・検討業務:中間報告書.

天童市(2024). モンテディオ山形新スタジアム経済波及効果測定結果について(令和6年4月27日更新).https://www.city.tendo.yamagata.jp/lifeinfo/sports/shinsutaziamu.html (参照 2024-12-06).

Wassmer, R. W., et al. (2016). Suggestions for the needed standardization of determining the local economic impact of professional sports. Economic Development Quarterly, 30(3), 252-266.

 

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